FAR-OUT ~日本脱出できるかな?~

旅のこととか、旅に関する本のこととか。

米原万里『ロシアは今日も荒れ模様』|読書旅vol.5

日本の隣国であるもかかわらず、どうにもこうにも自分には縁遠く感じてしまうロシア。ロシア人の知り合いがいないどころか、友達から「ロシアに行ったよ」的な話を聞いた過去すらありません。

そこで、近くて遠いロシアを疑似訪問すべく、今回は1998年刊行のエッセイ『ロシアは今日も荒れ模様』(講談社文庫)をピックアップしてみました。

f:id:emi13_farout:20210630010558j:plain

著者の米原万里さんは70年代後半からロシア語の通訳/翻訳業に携わり、94年作『不実な美女か貞淑な醜女か』での作家デビューを機にニュース番組のコメンテイターとしてお茶の間へも進出するなど、マルチに活躍されたスーパーウーマン

エリツィンにはファーストネームで呼ばれていたそうです。そんな方を案内役に立ててロシアを巡れるなんて、この贅沢さは読書旅だからこそ。

 

度を越えたウォッカ

本著の前半は取っ掛かりやすい酒ネタ三昧。ロシア人が大酒飲みだという認識は、ロシア文化に疎い私でも流石に持っていました。

f:id:emi13_farout:20210630011110j:plain
あれは忘れもしない2017年のパンガン島での出来事。山奥のレイヴ会場で揃いも揃ってやたらとマッチョなロシア人男子グループが円陣を組み、ハードリカーを各々ビンごとガブ飲みした次の瞬間、肩に掛けていた国旗を高々と掲げて「Russia! Russia! Russia!」と大声でコールを始めるじゃないですか。

ど、どうした? ボーダレスかつラヴ&ピースな雰囲気をブチ壊す珍光景に私の腹筋は崩壊寸前。その時初めてロシア人の得体の知れないヤバさを肌で感じました。

f:id:emi13_farout:20210630010700j:plain

しかし『ロシアは今日も荒れ模様』に書かれている彼らのヤバさは私の想像を遥かに凌ぐ大荒れ模様。2組に1組強が離婚している離婚大国ロシアにおいてその理由の約50%が夫の飲酒癖だとか、労働能力を有する人口の約25%がアル中だったとか。

いくら何でもこれらの数字は盛っているだろうと思いきや、米原さん曰く「政府が少なく見積もって発表したという見解が一般的」とのこと。マジかよ。

f:id:emi13_farout:20210630011347j:plain

大して働かなくても住む場所と給料は保証されていた旧ソ連時代。アル中の皆さんは社会主義システムを都合良く解釈し、酒浸りの日々を送ります。

そういう人々を見て真面目に仕事していた人も働く気が失せ、次々とアル中の仲間入り。その悪循環は途切れることなく、あれよあれよとGDPはガタ落ちです。

そこでゴルバチョフはかの有名なペレストロイカ構造改革)とグラスノスチ(情報公開)と並べて節酒令を発布。禁酒ではなく、あくまで節酒ですよ。

f:id:emi13_farout:20210630011516j:plain

ご婦人方には絶賛されたこの法令も、殿方からは大ブーイング。巷ではウォッカの密造が横行し、アルコールを含有した化粧品や原料となる砂糖の争奪戦が勃発。

砂糖が買えなくなると、今度はジャムお菓子、しまいにはわずかに砂糖を含む歯磨き粉(!)までもが店頭から消えたようです。

そんな最中に起こったのが1986年のチェルノブイリ原発事故。爆発直後には「放射能の特効薬はウォッカを浴びるほど飲むこと」的な噂が流れ、それを信じる人、もとい、信じるふりをする人が大勢現れたというエピソードに仰天しました。これってチェルノブイリの大惨事さえもウォッカを飲む言い訳に利用したわけですよね。

f:id:emi13_farout:20210630011636j:plain

結果、国民の健康維持労働規律の正常化のために打ち立てられた節酒令は、社会と経済を大混乱させるかたちであっけなく終了。酒税収入の激減も政府には痛手だったはずです。

この節酒令が引き金となり、ゴルバチョフ政権の権威は失墜、ソ連崩壊へと歴史が動いていくのですから、いやはや……。たかがウォッカ、されどウォッカ

そもそもウォッカ(Vodka)の語源はを意味するウォダー(Voda)。ニュアンス的には日本語で「お水ちゃん」らしいです。アルコール度数40度蒸留酒には似つかわしくない、あまりにもチャーミングな呼称だと思いませんか?

なお、気になって調べたところ、昨今の世界的な健康ブームプーチン政権による取り組み(課税強化販売制限など)によって、国民1人当たりの飲酒量は年々減っていました。ロシア人=大酒飲みの図式はいまや通用しないのかもしれません。

 

ここがヘンだよロシア人

他にもまだまだ人に話したくなる超ド級酔っ払い小咄がモリモリ登場するのですが、そろそろ先へ進みましょう。ウォッカのパートを経て本著が本格的に足を踏み入れるのは、ソ連崩壊前後の激動期です。

f:id:emi13_farout:20210630012600j:plain

「通訳者には守秘義務があり、職務中に見聞きした出来事を口外するのはご法度だけど、側近の暴露本にも載っていたエピソードをいくつか紹介します」と断り書きした上で綴られるゴルバチョフエリツィンの秘話が、人間味溢れるの何のって。

ただの駄々っ子でしかなかったり、あまりの女々しさに読んでいる傍から苦笑いが止まらなくなったり、急にそのへんの厄介なオッサンみたいに思えてきました。

f:id:emi13_farout:20210630012433j:plain

また、政界の大物に留まらず、兵士を息子に持つ母親、流しのタクシー運転手、日本人向けの現地ツアーガイド、元宇宙飛行士、映画監督をはじめ、米原さんは立場の異なるさまざまな人の声にも熱心に耳を傾けていきます。

資本主義経済に切り替わったと同時に謎の新ビジネス(ほぼ詐欺)が乱立し、貧富の差が拡大して強盗事件が急増する中で、特権階級の用心棒役にKGB構成員が大儲け……時代が変わる瞬間ならではの無秩序ぶりが凄まじいです。

f:id:emi13_farout:20210630012455j:plain

週休2日+有給休暇45日の取得を認められている炭鉱夫が、ストライキで有休72日を要求する国ロシア(*1年の半年は休ませろっていう計算になります)。

バレエサーカスの衣裳には息を呑むほど素晴らしい美的センスが発揮されるのに、デパートには顔を背けたくなるほどダサい服しか並んでいなかった国ロシア(*90年代半ばの話)。

読めば読むほどお隣ロシアの謎は深まるばかりです。それでも確かなのは、本書を読む前よりもずっと私がロシアを好きになり、この目で彼らの営みを見てみたいと思っている事実。

f:id:emi13_farout:20210630012518j:plain

好きなもの(≒ウォッカ)には生活に支障が出るほど執着してしまい、何事もほどほどを知らず、ちょっと怠け癖があるロシア人の気質は、案外、私と似ている気がしなくもないです。

ポーカーフェイスゆえに何となく近寄り難いオーラがムンムンで、自分とは相容れない人たちなんじゃないかと勝手に決めつけてごめんなさい。

www.youtube.com

最後に、けっこう前にツレが教えてくれたYouTubeのリンクを貼り付けてみました。検索するともっとおバカな関連動画が山ほど出てきます。

ロシア発祥のこのヘンテコなGabber Danceも、『ロシアは今日も荒れ模様』読了後に見返すと愛おしくてたまりません。

※記事内の写真はフリー素材を使用しています。本著と直接関係はありません。

 

【お知らせ】東南アジアで買い付けてきたアイテムを販売中。春夏は水着やリゾート服を中心に、秋冬はアクセサリーを中心にラインナップしています。ぜひチェックしてみてください。

farout.theshop.jp

 

ランキング参加中。↓をぽちっとしていただけたら嬉しいです。

にほんブログ村 旅行ブログへ
にほんブログ村