第4回目の妄想読書旅は『亜細亜看看』。1995年に徳間書店から刊行された文庫本です(現在は絶版)。著者の松本十徳さんにまつわる情報がほとんどなく、本のそでに書かれたプロフィールもたった一言「広島県生まれ」のみ。どうやらこの『亜細亜看看』はデビュー作らしいです。
本を読み進めていくと、松本さんは写真家として活躍されながら、中国の大学で教鞭を執り、奥様も中国の方であることがわかりました。が、「どこの大学で何を教えているのか?」とか、「そもそもなぜ中国なのか?」とか、突っ込んだ話は一切なし。ご自身については多くを語らないスタイルです。
文章も淡々としていて、変なギミックには頼らず、感情表現も最小限。それこそTwitterや5ちゃんでよく見られる大袈裟な言葉たちにちょっぴり疲れた時は、こういうシンプルなテキストが心地良かったりします。
写真と文章で巡る激動期のアジア
『亜細亜看看』は松本さんが中国を起点にアジアの国境を巡った旅のレポート。時は1980年代末から1990年代頭にかけて。
中国が市場開放政策の一環で国境の街を少しずつ開放しはじめ、外国人も特別な許可なく〈辺境貿易特別地域〉と呼ばれる場所へ行けるようになった時代の話です。
同じ時期、ベトナムではドイモイ政策が打ち立てられ、資本主義経済へ移行。以来、約30年に渡って怒涛の快進撃を続けるわけです。
とはいえ、当時はまだまだ技術的に立ち遅れていたベトナム。政府は自国産業の保護と育成のため輸入禁止を命じていました。しかし、政府の働きかけも虚しく、現実には中国→ベトナムで密輸入が横行。
なかでも人気を誇ったのは中国製のデニムで、買い付け班のベトナム女性は腰巻の下にジーンズを何本も仕込み、何食わぬ顔で税関を掻い潜っていたそう。国境付近の路地では女性たちがせっせとデニムを重ね履きしている様子も記されています。
〈密輸入〉って言葉に一瞬ドキッとするものの、このデニム作戦は平和と言うか何と言うか、思わず脱力してしました。密輸入といえども本当にヤバかったら、白昼堂々と路上でそんな行動は取りませんよね(たぶん)。
このように「これから経済発展していくぞ!」といった過渡期ならではの妙な熱気と、建設ラッシュに湧く傍らまだ完全にそっちへは振り切れていない良い意味でチグハグな風景が切り取られていく本書。
表題の〈看看〉は〈見てください〉なる意味の中国語。なるほど。ともすると素っ気なく映る簡素な文章は、「この時期だけのこの景色を、余計な情報抜きにそのまま受け取ってほしい」という狙いなんじゃないかと勝手に合点した次第です。
国境って何だろう?
本文の一節に「国境地帯を歩いてみて最初に気が付いたのは、国境を挿んで両側に同じ民族の人々が住んでいることであった」とあります。
モン族然り、ミャオ族然り、カチン族然り、ラーオ族然り、シャン族然り……って枚挙に暇がないですが、枝分かれしたものも含めると、中国、ミャンマー、ラオス、タイ、ベトナムの国境を跨いで暮らしている部族の数はそうとう多いはず。
印象的だったのはミャンマーのタチレクでのひと幕。メコン川支流のメサイ川に掛かる10メートルの橋を渡れば、もうそこはタイです。
もともと通勤で毎日ミャンマーからタイへ行く人がかなりの数存在し、イミグレが閉まる夕方以降、人々は柵を飛び越えて帰宅していたとか。柵越えって朝寝坊した学生さんや門限を過ぎてしまった寮生さんでもあるまいし……。
思えば、このブログに再三登場しているアランヤプラテート(タイ)とポイペト(カンボジア)でも、パジャマ姿のご婦人や上半身裸の青年がお弁当をぶら下げて国境をカジュアルに越えていましたっけ。
四方を海で囲まれた日本生まれ/日本育ちの私が、その光景を初めて見た時の衝撃たるや。目が点からの爆笑でした。
なお、現在のタチレクは軍事クーデターに伴い国境閉鎖中。人の流れも物の流れも遮断されています。ある日突然仕事に行けなくなり、親戚や友人に会えなくなるって、こんな理不尽なことがあっていいんでしょうかね。
前回取り上げた『謎の独立国家ソマリランド』に続き(*詳しくはこちら)、「国家って何だろう?」「国境って何だろう?」としみじみ考えてしまいました。
まさかこんなにコロナが長引くとは、ましてやミャンマーでこんなに大規模なクーデターが起こるとは予想だにしていなかった私。
去年の夏は2020年中にまた訪タイできるだろうと密かに信じ、「次の買い付け旅行では、ついでにチェンライを観光してメーサイからミャンマーに入るか、もしくはナコーンパノムかノンカイあたりからラオスに入るか」なんて、ひとりニヤニヤ計画していました。
言うまでもなく、『亜細亜看看』を読んで国境を越えたい欲は高まるばかり。いま私にできることは限られるけど、1日も早くコロナが終息するよう、そして1日も早くミャンマーに平和が戻るよう、心から願っています。
※記事内の写真はフリー素材を使用しています(一部自分で撮影した画像も含む)。本著と直接関係はありません。
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