FAR-OUT ~日本脱出できるかな?~

現在は旅の記事をお休みし、旅関連の本を紹介する読書ブログに切り替えています。

ケークって何? ~在タイ・インド系移民について 前編~

前回のブログではバンコク最古の中国寺院=Wat Mangkon Kamalawat(ワット・マンコン・カマラワート)を参拝し、中華ムードをたっぷり満喫しましたが、今度はその隣駅サームヨートの徒歩圏内にあるインド人街=パフラットに行った時のことを書こうと思います。

……とその前に、昨今のコロナ自粛により暇を持て余していたため、タイのインド系移民インド共和国から来た人々という意味ではなく、ここではパキスタンバングラデシュスリランカなども含みます)の歴史をサクッと調べてみました。まずはそのお話から。

 

ケークという概念

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そもそもインドと地続きに繋がっているタイは、古来よりインド文化の影響を色濃く受けてきました。

例えばお寺にはラーフやヴィシュヌ、ガネーシャなどヒンドゥー教でもお馴染みのインド神話に登場する神々が多く祀られていますし、もっと言うとタイの国章はガルーダだったり、現ラタナコーシン朝の歴代王様が名乗ってきたラーマ〇世のラーマも大長編叙事詩ラーマーヤナ』から取られていたり……。

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さらにはアユタヤをはじめとする地名、タイの正月を指すソンクラン、首都バンコクの国際空港の名に冠されたスワンナプーム他、この国に根付くサンスクリット語由来の言葉も枚挙に暇がありません。強固な文化的繋がりを感じさせますよね。

それにもかかわらず、タイには「草原で同時にコブラとインド人に出会ったら、まずインド人を叩きのめせ」なることわざが存在。いや待って。何よ、このことわざ(笑)。ちょっと酷くないですか。

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タイ人はインド人のことをケーク(Kheek)と呼びます。客(キャク)を語源とするケークは、もともとミャンマーから西側地域の人々、もしくはイスラム教徒を意味していたものの、やがて主にインド人を指す言葉として定着。

ケークには蔑視的な要素も含まれ、1900年代前半に政府がこの言葉の使用を法律で禁止した時期まであったそうです。

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ネガティヴな意味合いが持たれるようになった背景は、独立を守り抜いたタイ人が植民地からやってきたケークを多かれ少なかれ蔑んだ目で見ていたからとか、はたまた数字に強いインド商人に一杯喰わされることの多かったタイ人が彼らをやっかんでいたからとか……パッと調べただけでも諸説見つかりました。

いずれにせよ、先のことわざにも表れている通り、大方のタイ人はあまりインド系移民を良く思っていなかった様子が窺えます。

 

戦前までの移民の歴史

タイに住むインド系人口数の記録でもっとも古いものは1882年。それによると、バンコクの総人口17万人中インド系は1000人(そのうちの6~7割は商人)でした。

当時はインド系の中でもタミル人が主流。1800年代後半に建立されたシーロムSri Maha Mariamman Temple(スリマハマリアマン寺)もタミル寺院です。

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20世紀に入ってから戦前までのデータにはかなりのバラつきがありつつ、タイ全体のインド系人口は5000~1万人との見方が一般的。

この頃も引き続き商人が多く、次いで門番夜警の仕事がインド系移民の定番職業だったらしいです。理由はタイ人よりも体格の良いインド系の人種の方がガードマンとして好まれたという、すこぶる納得のいくものでした。

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こうした流れを受けてタイ警察はインド人を雇おうと試みるも、インド系移民の背後にあるイギリスに対してフランスが警戒心を露わにし、計画は頓挫。

何とか独立国家を維持しようと、微笑みの裏ではタイもいろいろ列強国に向けて苦労していたんですね。

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さて、現在タイにいるインド人系商人の大半はパンジャーブ出身のシク教イスラム教徒リトル・インディアと呼ばれているパフラット地区も、シク教徒の集団居住区にあたります。

このエリアに最初のシク教寺院が建ったのは1912年。最初は既存の建物を間借りしていたところ、すぐにスペースが足りなくなり、1933年本格的な寺院を建設。

行ったことがある方ならピンときますよね。そう、India Emporium(インディア・エンポリアム)横にあるGurudwara Sri guru Singh Sabhaグルドワーラー・シークルシンサパー)こそがその寺院です。

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1937年国勢調査ではインド系移民男性100人に対して同女性の数が31.2人。当時はまだ家族でタイに移り住むというより、出稼ぎ目的の単身短期移住が多く、定住の動きが活発化するのは第二次世界大戦以降のことでした。

 

……と、ここで一旦区切ります。戦後~の話はまた次回。てか、我ながら付け焼き刃感がムゴすぎる(苦笑)。

それもそのはず、たった1週間足らずで詰め込んだ知識を、しれっと掻い摘んでいるだけですからね。ダメな大学生のレポートみたいだな。

なお、このブログを書くにあたって『世界と日本のエスニック社会』(山下清海・編著)をはじめ、タイの移民政策に関する学術記事や『移民・外国人労働者問題の諸相』というシンポジウムの報告書の関係ありそうな部分もざっと流し読みした他、とりわけ『タイのインド人社会 東南アジアとインドの出会い』(佐藤宏・著)を物凄く参考にさせていただきました。

とっても読みやすく、めちゃくちゃわかりやすいです。初版が出たのは95年で現在は廃版。図書館や古本屋で見かけたらぜひ。

 

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