今回取り上げるのは『謎の独立国家ソマリランド そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア』。2013年に本の雑誌社から初版が出て、その4年後に集英社から文庫化された作品です。
著者の高野秀行さんは「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをし、誰も書かない本を書く」なるポリシーのもと活動を続けるノンフィクション作家で、丸山ゴンザレスさんを筆頭にヤバげな冒険家たちが敬愛してやまない超絶ヤバイ方。
余談ですが、7月22日に公開された映画『犬部!』の原作者である奥様の片野ゆかさんに対して、私は「高野さんと連れ添うのはそうとう肝が据わってないと無理だろうな」と勝手な想像を膨らませ、同じ女性として密かに憧れています。見た目も込みでめちゃくちゃイイ女。いろいろ見倣いたいです。
二重の意味でブッ飛んだ取材方法
さて、本著の舞台となるソマリランドは1991年にソマリア連邦共和国より分離した自称独立国。国際社会からはいまだ〈国〉として認められていません。
ソマリランドの周囲は荒れ放題で、国連が躍起になって立て直し図るソマリア連邦共和国の首都モガディシュを中心としたソマリア南部では、長らく無政府状態が続き、内紛やイスラム過激派によるテロが絶えないのは周知の通り。
その過酷な状況下でなぜソマリランドは複数政党による民主化を実現させ、平和を維持できているのか。調べてみても情報は極端に少なく、謎は深まるばかり。「ならば現地へ赴いて自分の目で確認しよう」というのが旅の始まりです。
そもそもこの本が出版される8年前まで、ソマリランドの存在すら知らなかった私には驚きのオンパレード。その1つがソマリランド国民の気性でした。
高野さん曰く、「傲慢で、荒っぽくて、いい加減で、嘘つき」らしいです。加えて、せっかちで人の話をまったく聞かず、そのくせ思ったことはすぐに口にして、屁理屈ばっかり言ってくるとか。
〈民主化を実現させた平和な国〉と聞いて、さぞかし温和な人たちが暮らしているのかと思いきや、むしろ逆じゃないですか。ついでに言うと、レストランでもホテルでも従業員はきびきび働き、時間にも正確。これまたアフリカに抱くイメージと全然違う。
そんなこんなで、著者が受けた衝撃を私もそのまま追体験し、ここからグイグイと摩訶不思議なソマリ社会に引き込まれていきます。
高野さんの取材方法はまさに体当たり。覚醒植物カート(*チャットやミラーと呼ぶ国もあり)をむしゃむしゃ噛みながら、地元の方々の宴会に参加して話を聞く。
カートを食べすぎて便秘になったなど、しょうもないエピソードも含めて、文中にはカート関連の話題がかなり豊富です。ご丁寧にグレード別のブランド紹介まであったりして……。
ミャンマーではアヘン中毒になっていた高野さん。ソマリ社会ではすっかりカート中毒です。郷に入っては郷に従えを地で行っていますよね。
もちろんこのやり方には賛否両論あるでしょうし、どんなに資料価値が高く、学びが多いからといって学校の推薦図書系には選ばれなさそう。
とはいえ、この高野スタイルの取材は効果覿面。そりゃ、日本社会でもオフィスの会議室より居酒屋で話を聞いたほうが本音を引き出せますよね。それと同じ。高野さんの熱心な(?)カート宴会取材のおかげで、私たち読者はソマリ社会の深部に迫れるわけです。
比喩が秀逸
国際的にソマリア連邦共和国と区切られている地域は、首都モガディシュを要する南部ソマリア、東北部にあるプントランド(独立政府を主張するも、連邦制によりソマリア連邦共和国の再統合を標榜)、そして北部のソマリランドの3つに大きく分かれていて、プントランドとソマリランドが地権争いしている場所には別の小さな独立国家も誕生し……。基本情報の時点でさっそく私の頭は大混乱でした。
しかし、紛争の絶えない南部ソマリアを『北斗の拳』、海賊行為が盛んなプントランドを海賊国家、武装解除したソマリランドを『天空の城ラピュタ』と表現することで、各エリアのイメージがグッとクリアに。
さらに例えで秀逸だったのが、ソマリ人の氏族関係を源氏・平氏・藤原氏といった日本の氏族に当てはめて解説している点です。
氏族は分家、分分家、分分分家、分分分分家、分分分分分家と細かく枝分かれし、その覇権争いによって大きく様相を変えてきたソマリアの歴史。多少なりとも氏族システムを頭に入れておかないと、ソマリランドの独立背景や政治の仕組み、周りの地域との関係性は理解できません。
もしも日本の氏族に置き換えて紹介されていなければ、ページを戻っては見慣れない名前をおさらいする行為を何度か繰り返した挙句、途中で挫折していたはずです。完全に高野さんのアイデア勝ち。わかりやすいし、おもしろいです。
主要どころのキャラさえ掴めば、あとはこっちのもの。私としては『キングダム』を読むノリでした。歴史好き(特に戦国時代好き)も間違いなくイケます。しかも、このソマリランド物語はたった10年前に起きた実話なのですから、いやはや。
正義って何だ?
ソマリランドを見て回った高野さんが続いて向かうは、ケニアにあるソマリ人難民キャンプ、海賊国家プントランド、そしてリアル北斗の拳な南部ソマリア。
ソマリランド周辺の状況を自分の目で確かめて、なおかつ反対派の意見も聞いて、その実態を掴もうとするジャーナリスト魂は本当に素晴らしいんですけど、命知らずにもほどがある。
それぞれ地区の詳細は本書を読んでいただくとして(ぜひ!)、時にはリアル北斗の拳な街で暮らす人々のマナーの良さを称賛し、時にはイスラム過激派アル・シャバーブを支持するマイノリティー氏族を訪ね、はたまた海賊ビジネスをロジカルに分析して、果ては「もし自分が海賊業を営むなら?」と見積まで立てる始末。
善悪ですべての物事を判断できるほど世の中はシンプルじゃないし、キレイごとばかりじゃ噓臭い。
「ソマリランドはなぜ武装解除できたか?」という問いに対して、「北部(ソマリランド)の人間は争いが大好きで、だからそれを解決するノウハウも弁えている。一方、争い慣れしていない南部は止める方法を知らない」との見解を示す現地の方がいました。
話し合いオンリーで内戦を止められたなんておとぎ話のようなことはやっぱりなくて、伝統的な掟(ヘール)に則り、犠牲者の数を数えて精算(ヘサーブ)し、モメていた氏族同士を和解させたとか。そこにあるのはあくまでも契約です。
ドライすぎやしないかって? でも考えてみてください。正義感とか、そういった曖昧なものを振りかざして他所の国の治安平定に尽力するも、どうにもこうにも空回りしがちな世界警察アメリカと比べ、彼らのメソッドは凄く合理的かつ現実的。おまけにそれを国連の認めていない国がやってのけた事実も何だか皮肉です。
ドライだろうが何だろうが、大事なのは一刻も早く戦争を止めること。理想論は一旦脇に置いて、国連や先進国のお仕着せじゃない自分たちのルールで国を前進させたソマリランドの事例が、世界各地の内戦を終わらせるヒントになり得るかもと思いました。
もう1つ、氏族の割合で議席数が決まっているソマリランド議会の話も目からウロコ。被差別氏族や女性の政界進出を促そうとなった際に、当の被差別氏族から「それは新たな差別を生むだけ。議席枠に頼らず我々が普通に政治参加できるようになるのが本当の平等だ」と反対の声が上がったそうです。カッコイイ。痺れる!
思えば、オリンピック組織委員会で女性理事の数を増やしただ何だと騒いでいた国もありましたよね。あれはどこの国でしたっけ? 差別は嫌だけど、逆差別も気持ち悪い限りです。
……とウダウダ書いてまいりましたが、自分の物差しで測っただけじゃ何1つ真実なんぞ見えてこないことを実感するのも旅の醍醐味。
『謎の独立国家ソマリランド』を通じて未知の文化に触れ、好奇心を激しく刺激され、私もまたどこかへ旅に出たくなりました。
もっとも、いつかソマリランドへ行く機会に恵まれても、カートを食べたら私は気絶する予感しかしないので、そこは全部ツレに任せます。
なお、ソマリ世界への妄想旅行は本書の続編『恋するソマリア』(2015年)でも堪能可能。ここではアル・シャバーブに狙撃され、命からがら逃げてきた話などが綴られています。いや待って、中身とタイトルのギャップよ……。
※記事内の画像はフリー素材を使用しています。本著と直接関係はありません。
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