FAR-OUT ~日本脱出できるかな?~

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高野秀行『ミャンマーの柳生一族』|読書旅vol.47

2021年2月1日にミャンマー国軍クーデターを起こしてから、1年2か月が経ちました。混乱はなおも続き、収まる気配を見せません。

コロナ禍で海外へ行けず、苦肉の策として旅行ネタからコンセプトを切り替え、旅絡みの本を読んでは、感想文を発表する場として当ブログを機能させているのですが、ミャンマーを舞台にした書籍は何となく避けていたんです。

ミャンマーの本を取り上げるにあたって、いま同国が置かれている状況を触れないのも不自然だし……、かと言ってペラッペラな知識で軽々しく何かを語るのはちょっとな~……といった具合。

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それなのに、前回ミャンマー北部のワ州にまつわる『アヘン王国潜入記』をピックアップしてしまいました。いくら国の実効支配が及んでいない超特殊エリアといえども、ワ州だって一応はミャンマーに違いありません。本当に迂闊でした。

こうなったら開き直って、同じく高野秀行さんの著書『ミャンマーの柳生一族』(集英社)も立て続けに紹介しておきます。

 

元アヘン留学生にビザは下りるのか?

1998年作『アヘン王国潜入記』と2006年作『ミャンマーの柳生一族』の間にも、高野さんはミャンマーに関連した『西南シルクロードは密林に消える』(2003年)を上梓されています。

ミャンマーの人口は約7割がビルマ、残りの約3割が少数民族で占められていて、『アヘン王国潜入記』と『ミャンマーの柳生一族』は少数民族のお話、『ミャンマーの柳生一族』はビルマ人のお話です。

ミャンマー民主化の象徴であり、ビルマ人から絶大な支持を集めるアウン・サン・スー・チー女史も、少数民族からは必ずしも賛同を得ているわけじゃありません。ミャンマー国内における少数民族微妙な立ち位置を踏まえ、前2作ではそのへんの背景もチラッと窺い知れました。

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で、本題の『ミャンマーの柳生一族』です。当時、反政府少数民族ゲリラの支配区に足繁く通っていた高野さんが、早稲田大学探検部の先輩で作家の船戸与一さんの取材旅行に随行するため、約10年ぶりに正規ルートミャンマーへ入国する場面から、本書はスタートします。

国として隠し通したかったであろうケシ栽培の実態を晒し、英訳までされてしまった『アヘン王国潜入記』の著者を、中央政府がノーマークだとは考えられません。

当然、読み手は〈ビザなんて下りるかしら?〉と予想するも、それをあっさり覆してスムースにヤンゴン入りした高野さん。一方、船戸先輩のビザ発給は難航し、高野さんはショックを隠せない様子でした。

てっきり私に気があると思い、下手に関係をもつとまずいなあと距離をとっていた女が、自分の知り合いに一目惚れしまったような、複雑な心境であった。

この件に関しては、高野推しの私もミャンマー政府に怒りを覚えたことは言うまでもありません。というのは大嘘です。

 

アテンド役は国軍の情報部!

入国の時点で早くもおもしろいエピソードのオンパレードなのに(おもしろがってゴメンナサイ)、案内役をミャンマー国軍の情報部が運営する旅行会社が務めるというから、もう無茶苦茶です。

アテンド係の裏目的はおそらく高野さんと船戸さんの監視にあったはずが、マンダレーから国境付近に向かう途中、不意に沈黙する車内を見渡すと、〈運転手の友達〉と紹介された謎の男は熟睡し、通訳兼ガイドはあくびを噛み殺す始末。

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ぶっきらぼうな物言いで、完全に怖い人だと思い込んでいた通訳兼ガイドは、その実、英語がそこまで達者ではなく、会話できないから口数が少なかっただけ。業を煮やした高野さんが、みずからビルマ語と日本語の通訳を行うハメになります。

果たして、〈ビルマ語が話せることを隠し、連中がどんな会話をしているのか探っておけ!〉との命を船戸先輩より受けていたにもかかわらず、極秘作戦は見事に序盤で見事に打ち砕かれるのでした。

 

ミャンマー政府と江戸幕府?

そうそう、大事なポイントをお伝えしなくては。なぜ柳生一族なのか……です。関ヶ原の戦い徳川家康の信頼を勝ち取った柳生氏は、家光の時代に大目付まで登り詰め、江戸初期から中期かけて暗躍した氏族。

ミャンマーキン・ニュン首相の下で、情報・諜報活動に加え、内部の規律維持も担当していた軍情報部を、高野さんは柳生一族に見立てたのです。

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気になるミャンマー版柳生氏の力量は、あくまでも高野さんと船戸さんの監理役を担った面々に限って言えば、良くも悪くも東南アジアらしさが炸裂した詰めの甘い働きぶり。

例の通訳係を放棄した青年を、みそっこから転じて柳生十兵衛ならぬ柳生三十兵衛(みそべい)と名付けてしまうあたりなど、笑いが止まりませんでした。ただし、単なる笑いで終わらないのが、〈高野秀行、恐るべし!〉であります。

イギリス統治時代にバラバラとなった国内を、少数民族も合わせて1つにまとめようと画策したミャンマー国軍の祖=アウン・サン徳川家康に、志半ばで倒れたアウン・サン家康の遺志を継いで国のトップに立った軍人上がりのネ・ウィン秀忠に、そのネ・ウィン秀忠の後釜に就いたキン・ニュン家光に置き換えて解説。

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そして、このミャンマー国軍の政策に対し、民主主義を掲げて立ち上がったスー・チー女史を、アウン・サンの血を分けた千姫に例えています。

スー・チー千姫が訴えたのは、徳川家(国軍)の否定ではない。「幕府の行っている政治は、わが父家康公が望んだ政治ではありませぬ」と言ったのだ。これには幕府も困ってしまった。ただの民主化運動なら「それはわが国には合わない」と一蹴できるが、アウン・サン家康を否定したら、自分たちの出自も否定してしまうことになる。

日本も深く関わっている1942年のビルマ建国以降、かの地の歴史はとても複雑。学術的な文献に目を通しても、私には何が何やらでした。

それがどうでしょう。『ミャンマーの柳生一族』を読むや否や、すぐさま概要を掴めたことをいまも強烈に記憶しています。元を辿ると、ミャンマーの混乱はお家騒動だったのだなと(ちなみに、自治権を行使する少数民族のゲリラ政府は、本書の中では外様として登場します)。

 

エンタメ系ノンフ、ここに極まれり!

他所の国の複雑な情勢を、日本の歴史に例える高野さん流のやり方は、2013年作『謎の独立国家ソマリランド』でも活用されています(※詳しくはこちらから)。

エンタメ系ノンフィクションを標榜する高野さんの著書は読んでいて楽しく、学び発見があるものばかり。『ミャンマーの柳生一族』も例外ではありません。

私個人としては、エンタメ系ノンフの1つの完成形がこの『ミャンマーの柳生一族』である気がしています。

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余談ですが、2019年に父のお供でミャンマーに行った際、私は移動中に高野さんのミャンマー本を読んでいました。

すると、『アヘン王国潜入記』には訝しげな表情を浮かべていた父が、『ミャンマーの柳生一族』には興味を示してくるじゃないですか。流石は司馬遼太郎の大ファンにして、年季の入った時代劇ウォッチャー。まんまと心を掴まれていました。

 

もっとミャンマーに関心を

ミャンマーはいま揺れに揺れています。ビルマ人はもとより、これまでスー・チー派に懐疑的だった少数民族の方々さえも、国軍の強硬姿勢には断固としてNOを突き付けています。

さまざまなバックグラウンドを持つ国民が一致団結している様相は、高野さんの本でミャンマーを学んできた私にとってかなりの驚きでした。裏を返せば、それくらいミャンマー危機的な状況に陥っていると捉えるべきでしょう。

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日本にいてもSNSの拡散運動や、在日ミャンマー人を中心とした抗議デモなどを介して、ほぼリアルタイムで現地のニュースが得られるなか、かの国の歩みを理解することで、そうした情報もより積極的に吸収できるのではないかと思っています。

クーデター勃発直後に比べて、よほどの動きがない限り、TV新聞で大きく取り上げられる機会は減りました。こういう時こそ、もっとミャンマーに関心を持ち続けなきゃダメだなと、今回の読書体験を通じて感じています。

私1人が考えたところで状況は変わらないけど、国外から寄せられる1つ1つの関心が束になって膨れ上がった時、きっとそれがミャンマーの方々の希望に繋がり、さらにはその希望が厳しい現実を打破する力に変わると信じています。

最後に、1日も早くミャンマー国民が自由平和を取り戻せるよう、心から祈っています。

※記事内の画像はフリー素材を使用しています。本著とは直接関係ありません。

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