FAR-OUT ~日本脱出できるかな?~

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高野秀行『アヘン王国潜入記』|読書旅vol.46

先日、久しぶりに連絡を取った知人から〈たまにブログ見てるよ〉と言われ、続けて〈実は俺、高野秀行さんに憧れてノンフィクション作家をめざしていた時期があるんだよね〉と打ち明けられました。マジかよ……。

その知人男性を仮にN君としておきましょう。私から見たN君は現代社会にバッチリ適合し、合理的で隙がなく、仕事も家族サービスもテキパキこなす人物。N君の爪の垢を煎じて、ツレに毎日2リットル程度飲ませたいレヴェルです。

そんなN君が、こともあろうに高野秀行さんみたいな作家をめざしていたとは。私の知り合いの中ではけっこう稀なまともキャラのN君。しかし、この件を受けてイメージがガラリと変わりました。

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高野秀行さんを社会不適合者だと言いたいんじゃないんです。第一、本気で協調性のない人にあんな取材はできません。ただ、少なくとも高野さんがまともじゃないことは誰の目にも明らか。

私も高野さんの作品は大好きですが、〈高野さんのようになりたいか?〉との問いに対しては迷わずNOと即答します(そもそも私には絶対に無理!)。高野秀行さんと同じ時代に生まれ、高野さんが足を使って地道に得た情報を、いち読者として享受できれば、もう十分満足です。

 

驚愕の秘境っぷり

さて、N君とのやりとりを受け、『アヘン王国潜入記』(集英社文庫)を再読せずにはいられませんでした。高野さんの出世作である本著は、ミャンマー北部ワ州に潜入した際の報告書。

政府の実効支配下には置かれず、反政府ゲリラが取り仕切るこのワ州は、途轍もなく孤立したエリアでして……。何せワ州で暮らすワ族の市民は、アメリ日本を知らないどころか、ミャンマーという国の存在もあやふや。

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街でビルマ語の看板は見当たらず、流通している貨幣も国境を接する中国の人民元。高野さんが取材した当時は、電気さえも雲南省から買い取っていた有様です。実際、本編では〈遠くにミャンマーという場所があるって聞いたけど、知っているか?〉と尋ねられた仰天エピソードも登場します。

なお、この作品は1998年に『ビルマ・アヘン王国潜入記』の名で草思社より刊行。〈ニューヨークダウンタウン歌舞伎町の話に間違われるかも……〉といった版元の意向で、当初は冠に〈ビルマ〉を付けつつも、住民たちがビルマなる国をあまり理解していなかった点や、ワ州自体にビルマの気配が皆無だった点を加味し、2006年の文庫化に併せて改題されました。

とにもかくにも、アジア最後の秘境と言われるミャンマーの中でも秘境中の秘境、中央政府もノータッチな奇跡の場所が、作品の舞台となったワ州であります。

 

高野さんはなぜワ州に?

高野さんには、ワ州に滞在する明確な目的がありました。それは種蒔きから収穫まで、1つの村に腰を据えてケシ栽培を体験しようというもの。ケシだけにけしからん……とか言っている場合ではありません。

ヘロインをはじめ、世界に流通するアヘン系麻薬の60~70%を製造していたゴールデン・トライアングルにおいて、実に90%のケシを産出していたとされるミャンマー。さらに、そのうちの60~70%を占めてしていたのがワ州です。

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栽培に適した温湿度の低い山岳地帯で、なおかつ政治的にも特殊な一帯であったことから、アヘンの原料であるケシの一大産地へと頭角を現したワ州に対し、未知の土地(Terra incognita)に目がない高野さんの好奇心は刺激されまくり。

果たして、秘密のルート(不法入国とも言う)によって、7か月に渡る前代未聞のアヘン留学が実現したのでした。

 

一風変わったファームステイ

反政府ゲリラの支配区でケシ栽培に従事するだなんて、そりゃ、スリリングなレポートを想像してしまいますよね? しかも、エピローグには〈ワ人には首狩りの風習があり、その勇猛果敢ぶりゆえに近隣のゲリラ軍からも恐れられている〉と、危険な薫りがプンプン漂う説明までされています。

ところが、こちらの予想を見事に裏切り、村での日々は超が付くほど牧歌的。来る日も来る日も腰が痛くなるまで草むしりに勤しんで、夜には村人たちと酒を酌み交わし、たまの休みは市場へお出掛け。ほのぼのとした気持ちになります。

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全体の印象としては、だいぶ長めの『ウルルン滞在記』、はたまたファームステイ日誌。ケシ栽培も他の農業と何ら変わらない――そんなふうに思えてくるのは、きっと私だけじゃないでしょう。

ちなみに、草むしりの働きぶりが評価された高野さんは、報酬として収穫したアヘンを分配されるなど、村人の信頼もしっかりゲット。畑仕事が落ち着けば特にやることもなくなり、村の年配者たちとアヘン吸いに耽った挙句に、アヘン中毒者の仲間入りを果たします。

決して褒められた行為じゃないものの、ここまで現地にコミットしてしまうのが高野秀行流儀。やはり軽い気持ちで真似できる取材スタイルではありません。

 

善悪の問題ではあらず

衣食住、医療システム、家族制度、冠婚葬祭、祖霊信仰などなど、7か月のアヘン留学を通じて見えてきたワ州の実態が詳細に綴られている『アヘン王国潜入記』。

純粋な読み物としてのおもしろさはもちろん、資料的価値もすこぶる高く、日本より先に諸外国で評価を得たというから、ちょっと悔しい気がします。

心に留めておきたいのは、これがケシ栽培の善悪を問う類の本ではない点。現物税として住民からアヘンを徴収しているワ軍のお偉方が、その過程でけっこうな量をピンハネし、私腹を肥やしているのは、どうかと思います。だけど、似たり寄ったりのことはどこの国や地域でも行われているはずですし……。

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それよりも庶民の視線に立つと、土壌肥沃度に乏しいワ州で暮らしていくにはケシ栽培に頼らざるを得ず、ケシ栽培を否定したところで何の解決策にもならない歯痒い現実が浮かび上がってきます。

政府の援助を望めない彼らは、平地に降りる術も持っていません。〈アヘンではなくモルヒネを製造すれば、国際理解も得られるのではないか?〉と高野さんが軍上層部に訴える場面では、〈ナイス助言! ワ州がんばれ!〉と、いつの間にかちょっぴりワ州に肩入れしている自分がいました(※ゲリラ自体には断固反対です)。

 

ワ州についてもっと知りたい

現在、どうやらワ州からアヘンはなくなるも、ミャンマー最強の非政府武装勢力としての力は健在で、引き続き国に対しては独立ではなく、自治権の保障を求めているとか(※表立った衝突はなく、武力行使もしていません)。

いくら陸の孤島といえども、昨年の軍事クーデターを機に国家全体が大きく揺れ動いている状況下で、その影響をワ州がまったく受けていないとは考えづらいです。

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いや、つい十数年前までミャンマーという国自体も認知していない人がいたくらいですから、現在の情勢を一般の農民が知らなくてもさほど不思議ではないのか?

ワ州のYouTubeチャンネルを確認しても、中国カラーがますます増している以外、どんな状態なのかはよくわかりませんでした(※ワ州公式YouTubeのリンクはこちら)。

〈コロナが終息したらまた行きたい〉とTwitterで呟かれてた高野さん。ならば、ぜひ折を見てワ州へ再潜入→その様子を『アヘン王国潜入記』の続編にしたためていただきたいと勝手に願っています。

※記事内の画像はフリー素材を使用しています。本著とは直接関係ありません。
www.shueisha.co.jp

 

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