今回選んだのは小野一光さんの『震災風俗嬢』(2016年/太田出版 ※2019年に集英社より文庫化)です。「旅に出られない間は旅に関する本の感想文をアップする」と宣言しているくせに、いわゆる旅の本ではありません。
しかし、ダークツーリズム/ブラックツーリズムの観点から無理矢理ブログのコンセプトに寄せて紹介したいと思います。災害による悲しい記憶を辿り、そこで得た教訓を未来に活かしていくのは大事。
なお、合法の性風俗産業そのものに対して、私はダークともブラックとも思っていません。立派なサービス業だと捉えています。くれぐれも誤解なきよう。
被災した風俗嬢たち
2011年3月11日、出張先の福岡で東日本大震災の発生を知った著者は、その足ですぐさま現地入り。以降、来る日も来る日も被災地を回るなか、4月上旬に岩手県北上市のバーで営業を再開したデリヘルの噂を耳にします。
「戦場から風俗まで」をコンセプトに、紛争地域や殺人現場、歓楽街へ赴いては執筆活動を続けてきた小野さん。震災直後の混乱した状況下で、このデリケートなトピックに注目できたのは、そんなキャリアの賜物でしょう。
果たして取材テーマを被災地の風俗業界に絞り、被災した風俗嬢たちへのインタヴューを敢行。取材対象は人妻、バツイチ、学生……とさまざま。ご両親を津波で亡くされた方や夫公認で働いている方もいます。
「周りは職を失ったのに自分はいつでも働ける安心感」だったり、「お客さんと話すことで気が紛れた」だったり、皆さん一様に「この仕事に救われた」と語られているのが印象的でした。
心の癒しを求めて
言わずもがな、救われたのはお客さんも同じ。時短営業にもかかわらず普段より倍近い依頼があったとか。
つらい思いをほんの1~2時間でも忘れたい。人肌に触れていないと正気を保てない――現実社会とは少し離れた場所だからこそ殿方も弱音を吐けるのでしょう。
そのニーズに応えんと、真心を込めてお客さんと対峙するデリヘル嬢たち。ある女性は自身の仕事についてこんなふうに説明していました。
「偏見を持たれる女性の方とかいるかもしれないですけど、けっこうこの仕事って、実際のプレイだけでなく、心の癒しを求めて来る人って多いんですよ。そういう人のお話を聞いてあげるだけの時間というのもあったりして、帰り際に『癒されました』っていわれたりするんですよね。で、やりがいを感じるようになったんです」
作品内の会話に登場する、会社を再建させた人、新たに起業した人、土地を購入して家を建て替えた人などは、ここでの癒しが次なるアクションへの原動力になったはずです。
もっとも、良い話ばかりじゃなく、震災から半年過ぎたのを境に、自律神経失調症を患う風俗嬢が増えたらしいです。お客さんの悲惨な経験談を聞く日々がどれほど大変だったかは想像に難くありません。
それでも「震災で死が身近になり、悔いのないように日々を過ごそうと思った」と懸命に前を向いて生きる彼女たちの姿が、私にはとてもカッコ良くに映りました。
そして、被災地の実状を記録するのみならず、8年に及ぶ長期取材を通じてインタヴュイーの心の変化にも向き合っていく小野さんの姿勢が素晴らしいです。
きちんと拡散されてほしい
東日本大震災が起こって間もない頃、TVやラジオではあまり報じられなかったものの、当時のTwitterを中心に避難所での性暴力が問題視されていました。
極限状態に置かれると根源的な人間の欲求の1つである性欲が高まるみたいですが、避難先の女性に同意なく手を出す、または手を出さないまでも盗撮したり、いやらしい目で凝視したりするのは言語道断。人のする行動じゃありません。
どうしても性欲を抑えきれない時は、相手がいないのであれば、お金を払ってプロにお願いするべきですし、そういうお店が性犯罪防止に物凄く役立っている気もします。
折しもこのページを投稿した前日は能登半島地震から丸半年。発生間もないタイミングにNHKニュースで「女性は夜間に1人でトイレへ行かないでください」と注意喚起していました。これは大きな前進。
さらにもうちょっと踏み込んで、今後は被災地域の風俗店の情報が拡散されるといいな~と考えています。少なくとも私は東日本大震災の数日後に営業を再開したデリヘルがあったなんて思いもしませんでした。
とにもかくにも、本著を読み、風俗嬢って私が想像している何倍も社会貢献度の高い職種なんじゃないかと感じた次第です。
※記事内の画像はフリー素材を使用しています。本著とは直接関係ありません。
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