FAR-OUT ~日本脱出できるかな?~

旅のこととか、旅に関する本のこととか。

北杜夫『どくとるマンボウ航海記』|読書旅vol.73

パラダイス山元さんの『パラダイス山元の飛行機の乗り方』、内田幹樹さんの『機長からアナウンス』と空の旅が続いたところで、お次は海の旅へ。北杜夫さんの『どくとるマンボウ航海記』(1960年/新潮文庫)を選んでみました。

 

マンボウ先生の処女航海

精神科医であり、第2次世界大戦下のドイツを舞台にした芥川賞受賞作『夜と霧の隅で』(1960年)や、医者家系である自身の家族をモデルにした長編小説『楡家の人びと』(1964年)などで知られる作家の北杜夫さん。

数々の文学作品と並んで高い人気を誇るのが、エッセイ・シリーズ〈どくとるマンボウ〉で、今回取り上げる『どくとるマンボウ航海記』はその第1弾です。

椎名誠さんは公式ホームページ『椎名誠 旅する文学館』内のお気に入り本を紹介する欄で、本書についてこうコメントされています(※詳しくはこちらから)。

北杜夫さんの書かれた多くの本の中でこの航海記が最高だろうと思う。もちろん『白きたおやかな峰』や『幽霊』など、本来の文学作品もすばらしいが、なんといってもどくとるマンボウは衝撃だった。

異論なし。私も『航海記』が一番好きです。てか、椎名誠さんと北杜夫さんの書くエッセイって、自嘲的ユーモアをたっぷり含む点や、隙あらばダイナミックに話が脱線する点を筆頭に、共通項が多いと感じるのは私だけでしょうか。

ちなみに、なぜマンボウかと言うと、プカプカゆっくり浮かぶ姿から海の呑気者と称されるマンボウを、怠け体質の自分と重ねたのがきっかけ。

その後、マンボウ意外と行動派な一面を知って、躁鬱病を患う北杜夫さんはますますシンパシーを抱き、晩年までマンボウを名乗ることとなります。

 

取るに足らない旅の記録?

『どくとるマンボウ航海記』は、著者が慶應義塾大学病院を辞めて、水産庁漁業調査船に乗り込み、約半年間の船医として過ごした日々をまとめたものです。

ドイツ留学の試験に書類選考で落とされ、それでも訪独したいと考えていた矢先、出港数日前に船医の募集を見たという北先生。フットワークの軽さに驚きつつ、『どくとるマンボウ航海記』ファンとしてこの大胆な決断に感謝しています。

私はこの本の中で、大切なこと、カンジンなことはすべて省略し、くだらぬこと、取るに足らぬこと、書いても書かなくても変わりはないが書かない方がいくらかマシなことだけを書くことにした。

これは本書のあとがきに綴られたらしさ炸裂の一文です。お医者様だからと威厳たっぷりな感じは微塵もなく、航海中に一刻一秒を争う重症患者が現れて云々みたいな、手に汗握る場面も『どくとるマンボウ航海記』にはありません。

 

他に感想はなかったんすか?

船酔いの項目では、胃腸の弱い人は船に弱く、酒に強い人は船に強いという説を一理あるとし、船に酔う前にアルコールに酔ってしまえば大丈夫との持論を展開。

しかし大抵の人はすでに酒の匂いを嗅ぐのも厭になっているだろう。そこを無理して飲む。ホロ酔いになるころには船酔いはどこかへ行ってしまうだろう。間違ってたとえ吐いたとしても、少なくともどっちでやられたのかはわからないのである。

〈医者らしからぬテキトーぶり!〉と心の中でツッコミを入れつつ、こんな調子でインド洋から北アフリカヨーロッパにかけての長い旅が続いていきます。例えば束の間の休暇でパリに訪れ、セーヌ河沿いを散歩していた際の記述が以下の通り。

この岸辺ではやたらキスしている男女がいるが、地下鉄の中なんぞでも押されることをいいことにしてひしと抱き合っているのがいる。いっかな離れようとせずその間鼻で呼吸しているのだろうが、蓄膿症なぞある場合はどうするのであろう。そういえばこちらの人間は鼻の通りをよくするため、とんでもない大きな音を立ててよく鼻をかむのである。

〈他に感想はなかったんですか?〉〈よりによってそんな場面に文字数を割くんですか?〉とか、いちいち引っ掛かっていたのでは、なかなか先へは進めません。

確かに〈くだらぬこと、取るに足らぬこと〉なのですが、世界各地の港町や、そこで暮らす人々の様子を独特の視点ですくい上げていく描写が本当に愉快痛快です。

 

大人向けの冒険物語

私がちょうど暗い路地を出かかったとき、一人の中国の小柄な女がだしぬけにある日本語を口にして私をギョッとさせた。この言葉は思いがけぬ欧州の港なんぞで、金髪の女の口から洩れたりして、おそらく世界の港々で英語のpoke pokeと同様、相当に普及している日本語の一つではあるまいか。これを聞くたびに私はギョッとして、せめてもう少し上品な国語を伝えてほしかったと憤慨したのも無理ではないだろう。その文句というのはこうである――IPPATSU YARUKA?

おっと、失礼。急に18禁な内容へと舵を切ってしまいました。世界中の船乗りが集う世界各地の娼婦街安酒場の話、そして寄港地に着くや否や繰り広げられる胡散臭い客引き合戦の話あたりは、私の大好物。

しかも1950年代末期に書かれた文章ですからね。娯楽場、葡萄酒、姑娘、マライ人をはじめ、レトロな表記も相俟って、異様に浪漫と想像力を掻き立てられます。

また、女や酒といった少々アダルトなネタとは対照的に、要所で昆虫お化け迷信好きな北杜夫さんの少年っぽい部分が顔を出し、そのバランス感が秀逸。

いつまでたっても大人になりきれない大人のための冒険小説というか、ノンフィクションなのにどこかファンタジーめいた感じがするというか、ちょっと不思議な感覚に浸れる作品です。

学生時代に初めて手にして以来、何だかんだで、幾度となく読み返している『どくとるマンボウ航海記』。なぜか読むたびに好き度合が増している気がします。

予定のない夏の昼下がりにダラダラとこれを読むのは至福のひととき。大人になってより一層、そう感じるようになりました。傍らに冷えた麦酒なんかがあれば、もう文句なしです。

※記事内の画像はフリー素材を使用しています。本著とは直接関係ありません。

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