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林巧『アジアもののけ島めぐり―妖怪と暮らす人々を訪ねて』|読書旅vol.63

梅雨の真っ只中。ジトジトした季節には怪談話がよく合います。かの『四谷怪談』だって、かつて四谷が鬱蒼とした湿地だったからこそ、生まれたはずですしね。

そんなこんなで、今回は林巧さんの『アジアもののけ島めぐり―妖怪と暮らす人々を訪ねて』(光文社文庫)を選んでみました。

なお、ゾクゾク感で暑さを忘れられるから夏に怪談話を多くするようになった……というのは後付け的な俗説らしいです。

先祖の霊だけでなく、怨霊無縁仏も一挙に帰ってくるお盆に合わせ、鎮魂の意を込めて浮かばれない霊たちの無念を語っていたのが、そもそもの由来。私もさっき知りました。

つまり、本来はお盆の時期に紹介するのが相応しい本だったのかもしれませんが、素知らぬふりをしてそのまま進めます。

 

もののけたちが命を与え続ける本

小説家妖怪研究家である林巧さんにとって、『アジアもののけ島めぐり』は自身2冊目の単著。当初は1995年に同文書院より『アジアおばけ諸島』なるタイトルでお目見えしました。

「(この本は)さして売れたわけでもない」とは著者の弁。「にもかかわらず」と前置きした上で、版型も新たに97年に再刊行され、99年には文庫化までされた理由について、以下のように書かれています。

これはもう、この本のなかに登場するもののけたちが、彼ら自身の力で、この本に命を与え続けているとしか、考えられない。

謙虚と言うべきか、何と言うべきか。こういう控え目なスタンスだから、各地に棲むもののけはもとより、その道のスペシャリストも、こぞって林さんに手を差し伸べるのでしょう。

94年の初作『ガイドブックが教えてくれないアジアおばけ街道』が水木しげるさんの目に留まり、『アジアもののけ島めぐり』に登場するボルネオとランカウイへ水木先生と旅する機会を得た林さん(さらに本書の解説も水木先生が担当)。

ちなみに、本書の表紙デザインは横尾忠則さんが、文庫版に追録された解説文は京極夏彦さんが手掛けられているんですよ。

もののけ界と人間界を橋渡ししてきた日本を代表する重鎮たちが、デビュー間もない作家のもとに集うって、何だか凄い話ですよね。

 

もののけめぐりの心得

いつか目には見えないものの〈世界地図〉を描いてみたいと思う。そうすると、おそらく島と大陸のひろがりが逆転する。

小さな島は大陸よりもひろい空と海を抱え、そのひろがりと奥行きのなかに目には見えないものたちが過ごす場所がたっぷりある。ことアジアの島々では。それを理解しようとしない人間たちに、目には見えないおばけたちは口を揃えてこう叫ぶだろう。〈世界地図はデタラメだ〉。メルカルト図法とか、ボンヌ図法とか……はたまた地球儀では、島のひろがりは到底はかりとれない。

果たして、〈もう1つの世界地図〉を求めて島めぐりを敢行した林さん。向かった先は原生林が多く残るバリランカウイ沖縄ボルネオです。

お断りしておくと、著者の中に〈もののけをとっ捕まえてどうこうしてやろう〉とか、〈真相を明らかにしてやろう〉といった変な野心は皆

あくまでも、もののけ/妖怪/精霊と共に暮らす人々を訪ね、目には見えないものとの接し方を探りながら、その気配を感じようとするのみです。

なので、白黒はっきりさせたい人は、やや物足りなさを覚えるかもしれません。しかし、無粋な検証は行わず、踏み込んでいい場所とそうでない場所をきちんと弁え、節度を持って地元の方から聞いた話を書き記していく作りが、むしろ私にはスッと馴染みました。

博物学的な視線で見下ろせば、バリアンもポンティアナも見知らぬ異郷の奇妙なモノとして標本箱へと収まるだろう。しかし林巧のまなざしを通して見る限り、それらは標本箱になど入りはしない。〈島〉の暗闇はリアルなものとなって読者の前に屹立するのである。

これは京極夏彦さんによる文庫本の解説です。『アジアもののけ島めぐり』が妙に生々しい作品に仕上がっているのは、京極さんの言葉通り、図鑑的なものでなく、文化史的なものでもないからなんだと思います。

加えて、おそらく大概の人はもののけ祈祷師の存在を肯定するか/否定するかという段階から話を始めがちですが(私も然り)、何の疑いもなく当たり前に存在することを前提としているのも、読んでいて清々しかったです。

 

もののけとの共存

林さんを案内役にアジア各地を巡っていくなかで、絶対に鉢合わせたくない大変恐ろしいタイプから、機会があればお友達になってみたい少々情けないタイプまで、島ごとに個性豊かなもののけが多数棲んでいることを確認できます。

と同時に、例えばバリで広く知られるサマールと沖縄のキジムナーのように、まったく別々の場所に棲む妖怪でも、共通項はたくさんあるんだな~と。

具体的には、人間が危害を加えなければ、彼らの世界を無闇に侵食しなければ、向こうから私たちを怖がらせてくるケースはまずなさそうな点。

外来宗教とは別にアニミズムも根強く残る東南アジアを旅していると、地元の方々は精霊を恐れるのと同じくらい精霊を愛し、精霊へのお供えを生活のルーティーンにしっかりと組み込み、さらには(都市部では希薄になっているものの)自然を崇拝している様が見て取れます。

人類もののけと、その双方を繋ぐ自然は、長らくこうやって良好な関係を築いてきたのでしょう。本書を読み、改めて〈目には見えないもの〉の必要性を強く感じました。

自分ではコントロールできない〈何か〉を恐れ敬うことで、ある種のストッパーが掛かるというか。人間が地球を支配したと勘違いして全能感を漂わせたら、もうおしまいな気がします。

ちょっと例が古いですけど、北京夏季オリンピックの開会式で、ロケットによる人工消雨作戦が決行された時、多くの人が〈何をやってるんだよ……〉って感じたと思うんです。きっともののけたちも、ほとほと呆れたんじゃないでしょうか。

地球上で人類が暮らせる場所なんてほんのわずかなのに、どうも私たちは我が物顔で振る舞っていないか。自分たちであれこれ汚しておいて、いまさら脱炭素化だ何だって、勝手すぎやしないか――。

もちろん、SDGs的な取り組みは素晴らしいと思います。大賛成です。それに近代化を否定する気もありません。技術革新、ジャンジャンやっちゃってください。〈いつもお世話になっております〉な気持ちでいっぱいです。

とはいえ、どんなにテクノロジーが発展しても人間の知恵では絶対に敵わない世界があってほしい。もののけたちにとっても地球が暮らしやすい場所であってほしいし、著者の言う〈島と大陸のひろがりが逆転する世界地図〉もどこかに存在していてほしいです。

総じて、地球上に私たち人類の知り得ないもう1つの世界があったほうが、純粋にワクワクするよな~……と、心底感じた1冊でした。

※記事内の画像はフリー素材を使用しています。本著とは直接関係ありません。

 

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