FAR-OUT ~日本脱出できるかな?~

現在は旅の記事をお休みし、旅関連の本を紹介する読書ブログに切り替えています。

池澤夏樹『南の島のティオ』|読書旅vol.60

気温が上昇していくにつれて、当ブログもすっかり夏モードに突入。ハワイ、沖縄、バリ、カオハガン……と、南の島を題材にした作品が続くなか、今回は池澤夏樹さんの『南の島のティオ』(1992年/文春文庫)をピックアップしました。

 

さまざま人生が交錯する島の物語

『南の島のティオ』は、池澤さんが初めて子ども向けに書いた連作短編集。南の島に住む少年が、小さなホテルを営む父を手伝いながら、ひと癖もふた癖もある旅人島民と出会ったり別れたりしていく10編の物語です。

もともとは季刊誌『飛ぶ教室』(祝・創刊40周年!)で連載され、1992年に同誌の版元である楡出版より書籍化された本著。現在は、児童文学作家の神沢利子さんが解説を担当している文春文庫版と、スカイエマさんが挿絵を手掛けた青い鳥文庫で読むことができます(※下掲の画像は文春文庫版の表紙です)。

主に12~13歳までを対象とした児童文学なるジャンルに、どんなイメージを持っているかは人それぞれ違うと思いますが、少なくとも私は〈子ども向け〉であることをまったく意識せず、『南の島のティオ』と向き合っています。そもそもこの本に出会ったのも、プレティーをとっくに過ぎた年齢でした。

日本兵によって島に連行されたフィリピン人男性が、40年の時を経て、かつて将来を約束した元恋人を探しにやって来る『ホセさんの尋ね人』。台風被害に遭い、他所の小島から避難してきた少年との交流を描いた『エミリオの出発』。

この2編を好例に、『南の島のティオ』には美しくて楽しくて幸せなことばかりじゃない、人生の厳しさもたっぷり詰まっています。

とりわけ『エミリオの出発』は、政府の援助を受けて復興までの時間をダラダラとやり過ごす大人たちを横目に、元いた島での暮らしを忘れないよう、いまできることを懸命に取り組んでいくエミリオ少年の姿が印象的。

それこそコロナ禍を言い訳に人生の目標を一旦脇へと追いやり、怠惰を貪る現在の私にとってはばつの悪い話で、〈しっかり生きろよ〉と尻を叩かれた気がします。

 

実在する架空の島?

『南の島のティオ』の舞台となったのは、ミクロネシア連邦に浮かぶカロリン諸島最大の島、ポンペイ(旧称ポナペ島)をモデルとした架空の場所です。

架空の場所とはいえ、島のシンボルである〈ムイ山〉は海に向かって大きく突き出すソケースロック、観光客に人気の〈グラガルーギナの遺跡〉はミクロネシア連邦で唯一ユネスコ世界遺産に登録されているナンマドール遺跡※写真下)、〈トーラス環礁〉はチューク環礁といった具合で、物語にたびたび登場する名所も、位置関係まで含めてかなり忠実に描かれています。

なお、エミリオが住んでいた〈ククルイリック島〉のモチーフは、ポリネシアを中心とするピンガマランギ環礁ミクロネシアが大半を占めるティオの住む島との言語の違いなども、本編で触れられていました(ポンペイ島もミクロネシア系の住民が9割強)。

そのククルイリック島については、池澤さんの90年作『マリコ/マリキータ』でも登場するので、併せて読むのも一興でしょう。

さらに、ティオのお父さんが経営する小さなホテルも、〈ここじゃないか?〉とある程度ファンの方から特定されている模様でした。

実在する場所をありのままに近いかたちで活写しているためか、島の雰囲気も、そこを訪れる観光客の人となりも、私はとてもイメージしやすかったです。〈どうしてこの人はこの島を訪れたのかな?〉みたいな。

もちろん、ペルソナの立て方が巧みという前提もありつつ、やはり島の場所を世界地図の中で大よそ把握でき、そして詳細な風景描写が後押ししてくれるから、こちらの想像力もフル稼働する気がしてなりません。

ちなみに当ブログで紹介する本は、筒井康隆さんの『旅のラゴス』を筆頭に、架空の場所で展開される作品を除外してきました。

こういう小説までOKにしちゃうと、選書の基準が曖昧になり、優柔不断な自分の首を絞めることになると思ったんです。

ただし、『南の島のティオ』の場合はモデルとなった場所がはっきりしていたのと、実際に私もこの本を荷物に忍ばせて旅行した経験があったのとで、とりあえず自分で勝手に作った縛りを解禁しました。

まあ、単に夏本番を目前に控え、トロピカル気分に浸れる本書を読み返したくなっただけですけどね。無理矢理ブログのコンセプトに辻褄を合わせると、〈この読書体験を通じてポンペイを旅した気になれますよ〉って感じです。

 

自然と共に生きる

1970年代後半からたびたびポンペイ島へ通っていた池澤さんは、地元の人から不思議な話をたくさん聞き、それをどこに出すでもなくひたすら書き溜め、十数年後に『飛ぶ教室』で発表する機会を得たそうです。

『南の島のティオ』として1冊にまとめられた本書の中には、土着の神さま精霊にまつわるエピソードが随所で登場。きっと島民の話の多くに、それらが深く関わっていたのでしょう。

島にモーターボートが普及し、水難事故が増えたのをきっかけに、大人たちが珊瑚に標識を立てていく『草色の空への水路』の中では、サラムティカ神が人間にちょっぴりいたずらを仕掛けます。

いたずらの内容は、開通式の際にたったひと晩、ティオのお父さんたちを遭難させ、素晴らしい幻影を見せるという可愛いもの。

翌朝、無事に帰還したティオのお父さんは、長老から〈神さまたちに何の挨拶もせず標識を立てたせいだ〉と叱られるのでした。『草色の空への水路』は、ティオの言葉でこう締め括られています。

“あの時から後、この島で神さまたちの誰かが人間にいたずらしたという話は聞いたことがない。礁湖にモーターボートが走り、道路ができて車も増え、大きな飛行機も通うようになって、島がうるさくなりすぎたと考えた神さまたちはどこか別の島へ行ってしまったのかもしれない。それは、みんながカヌーに乗らなくなったのと同じように淋しいことだと僕は思う”

過去数回このブログで取り上げた書籍にも、アニミズム的な話が多く出てきます。少し前までは世界中の至る場所で豊かな自然の中に精霊が棲み、人々は精霊を崇め、時には恐れ、精霊と共に暮らしてきました。日本も然り。しかし、いまはどうでしょう。神沢さんによる解説の一節が、妙に心に刺さります。

“今は生き難い世だ。いくら平和を願っても戦争はなくならず、自然と共に生きることを望んでも地球の傷は深まるばかりだ”

科学技術の急速な発展によって、格段に暮らしが便利になったこと自体は、私もとやかく言える立場じゃありません。その恩恵にあやかりまくっていますし……。

だけど、さまざまな作業が機械化/簡略化され、利便性が向上していくのと引き換えに、自然に対する畏敬の念が薄まってはいないか。

雨が酷いから今日は畑仕事を休むとか、海が荒れているから漁に出ないとか、本来、人々の生活は天候季節の移ろいと密接に関係していたはずなのに、いまは天気も四季も日常の添え物に過ぎないというか、都市部で生きているとなおさらその存在が薄くなっているように感じます。

せいぜい衣服エアコンの設定温度が変わる程度。野菜も、定番品は1年中スーパーで買えます。

別に昔の生活に戻ろうと言いたいわけじゃないんですよ。人間と自然や精霊との距離がどんどん遠くなってしまうのが、ただただ淋しい――それのみです。

 

いざティオの住む南の島へ

何度もお伝えする通り、『南の島のティオ』は児童文学です。青い鳥文庫版にはルビもしっかり振られています。

先の『草色の空への水路』をSDGsに絡めたら、多くの小学生が夏休みの厄介な宿題No.1に挙げがちな読書感想文も、たぶんスラスラ書けるはず。

一方で、こんなにも想像力を掻き立ててくれ、旅気分を味わわせてくれ、いろいろ考えさせられてくれる作品を、キッズに独占させておくのはもったいないです。

子ども向けだからと侮らず、ぜひ大人の皆さんもティオの住む南の島へ遊びに行ってみてはいかがでしょうか。

※記事内の画像はフリー素材を使用しています。本著とは直接関係ありません。

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