FAR-OUT ~日本脱出できるかな?~

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クーロン黒沢『裏アジア紀行』|読書旅vol.62

前回が『アジア「裏」旅行』で、今回は『裏アジア紀行』(2005年/幻冬舎アウトロー文庫)。似た表題の作品を連投し、若干ややこしい感じになってしまってゴメンナサイ。引き続きアジアの危険な側面に迫るべく、この本をチョイスしました。

 

アジア潜伏生活

著者のクーロン黒沢さん(1971年生まれ)は、90年代初頭にライターとしてカフェイン漬けの忙しない毎日を過ごし、鬼畜系文筆家の先駆者である青山正明さんに憧れて、裏社会の人間とも積極的に交流を開始。

やがていくつかの厄介事に巻き込まれ、知人からの〈しばらく日本を出ろや〉なる忠告に従ってアジアを周遊(正確には潜伏)。その当時のエピソードが『裏アジア紀行』の母体となっています。

なお、黒沢さんは旅行エッセイのみならず、コンピューター/ゲーム関連の著作も多く、違法コピープロテクト外しのノウハウから、海賊版の実態までを、懇切丁寧に紹介してくださっています(ダメだろ)。

ここまで書いて何となくご想像いただける通り、危険地帯系の旅行作家の中でもこの人はちょっとヤバさのレヴェルが違います。

好き好んで海外に出向いたのではなく、日本にいられなくなって海外へ出たという、そもそもの出発点からして他とは一線を画している人物なのです。

彼の〈旅〉は年単位のロングスパンで、周りに集まる日本人は殺人犯、重度のヤク中、詐欺師などなど、何らかの理由で故郷を離れた訳ありのクズだらけ。

おそらく普通の人にはなかなか味わえないであろう、底辺のアジア潜伏生活が垣間見える『裏アジア紀行』。実際に自分で体験するのは勘弁願いたいですが、本で読むぶんには大歓迎です。

 

スリリングなプノンペン暮らし

まずは知人を頼って香港雑居ビルに住み込むも、物価の高さに加え、「隣近所は小汚い風俗店ばかり、寝起きの口臭みたいな香りのする共用廊下で、忙しなく行き交う前屈みの男たちを見ているだけで気分が欝々としてくる。空を見上げれば高温多湿の厚い雲が立ちこめ。頭の中までカビが生えてきそうだった」との理由で、早々にプノンペンへと移動した黒沢さん。

カラッと晴れて、生活費が安く済むところ。同じ境遇の肩身の狭い連中が数多く暮らす安住の地といったら、カンボジアしか浮かばなかったのである。

時は97年。現カンボジア首相であるフン・センの起こした武力クーデターによって、プトンペンがとんでもなく荒んでいた時期です。

九十年代半ばのプノンペンは日暮れとともに乾いた銃声が響き、暗がりに行けばかなりの確率で強盗と鉢合わせ。信号待ちのちょっとしたきっかけで銃撃戦が始まってしまったりする、控えめに見ても物騒な町であった。

腐臭漂うスーパーの棚には賞味期限切れの食い物がぎっしり。海には台湾から送られてきた放射性廃棄物がプカプカ(後に大問題に)。こんなところにあえて長期滞在する連中は何を求めていたのかというと、皆、おきまりのように女かクスリのどちらか。この頃のプノンペンに「中途半端な連中」はおらず、皆、終始繋がれっぱなしの狂犬みたいに興奮状態。

ちなみに、〈こんなところにあえて長期滞在〉した黒沢さんは、その後、旅行者としてではなく生活者として、この街にガッツリ根城を構えられています。とにもかくにも、当時のプノンペンでの日々は、それはもうスリリングでして……。

 

銃の収集から顔見知りの逮捕劇まで

例えば、護衛目的で地元警官からこっそり拳銃を1丁購入するまではいいものの(よくないか)、あれこれ触っているうちに、その魅力にすっかりハマり、警官からも〈旦那、新しいブツが入りましたよ〉と入荷案内まで届くようになった挙句、気付けば立派な銃コレクターに。言わずもがな、銃の所持は違法です。

丸山ゴンザレスさんをはじめ、銃の密造/密輸現場に潜入し、そのレポートを読者に紹介しているライターさんはいても、みずから購入し、そこから趣味で収集してしまった物書きの方は稀少でしょう。何なら犯罪に加担しちゃっていますからね。

他にも、ナイトクラブの用心棒から因縁をつけられてフクロにされかけた話、隣人から知らないうちに電気を盗まれていた話、ひょんな縁で郊外に空き家を買うも、留守を任せたカンボジア人の不注意によって全焼してしまった話(原因は寝タバコ)他、トラブルが絶えません。

同郷の観光客を相手に窃盗を繰り返した日本人を捕まえ、国を跨いだ余罪まで明るみにし、〈生きては出てこられない〉と地元の悪人も震え上がるプレイソー刑務所にその人を送り込んだエピソードも強烈でした。

何が凄いって、1個1個がド級のハプニングなのに、当の本人はいたってフツーな点です。次々に起こる事件をどこか他人事っぽく楽しみ、周りの様子を微細に表現。比喩も秀逸です。

文章がめちゃくちゃ上手いので、いまの風潮だったら絶対にアウトであろう差別的な言い回しも、スッと読めてゲラゲラ笑えてしまうから不思議。

ただただ不快なだけのアンチコメントを書き、謎のやってやった感に浸っている一部の低質Twitterは、黒沢さんの文章からいろいろ学んだほうがいいと思います。

愛とユーモアのない批判は見る人を嫌な気持ちにさせるばかりか、自分のセンスの悪さも露呈させていることに、彼らは気付いているんでしょうかね。凄く哀れに思える時があります……って、失礼、大幅に話題が脱線しました。

 

再販希望!

『裏アジア紀行』には、プノンペンで体験した貴重な出来事の他にも、アジアを股にかけて暗躍するビジネスマンに誘われ、中国僻地の漢方工場を訪ねたり、チベットミャンマーを旅行したり……。

はたまた、プノンペンでカモられてフィリピンに拠点を移し、そこで新事業の立ち上げを画策する男性と、バンコクの歓楽街ナナで落ち合ったり……。

締めを飾るのは、かつて東京屈指の怪しいエリアだった新大久保。性病の治療を受けるため、ここに佇む非認可のクリニックに赴いたという甘酸っぱい思い出話で、爽やかなフィナーレを迎える本著(ウソ、爽やかさなんて微塵もありません)。

黒沢さんはトラブルを引き寄せる才能に加えて、文才にも恵まれた方。当初は常識の範囲内でもう少し本編からテキストを引用し、このおもしろさを皆様にお伝えしたいと思ったのですが、一部を抜粋してもあまり魅力が伝わらず、むしろヘタをすれば、口の悪い面倒な人というマイナスな印象を与えかねないと判断して今回は諦めしました。

残念ながら『裏アジア紀行』はもとより、黒沢さんが書かれた数々の書籍は絶版中ですが、黒沢さんが主宰する雑誌『SiXSAMANA』のバッグナンバーはKindleで購読可能です(※詳細はこちらから)。

特定の層からカルト的な人気を誇る黒沢さん。でも、未読の書籍の再販を願う私は、それこそチラッと名前を出したゴンザレスさんみたいに、もっともっと世間一般の知名度も広がってほしいなと思っています。まあ、ご本人はそんなことまったく望まれていないかもしれませんけどね。

※記事内の画像はフリー素材を使用しています。本著とは直接関係ありません。

 

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