今回は、バンコクのトンブリーに古くからあるポルトガル系カトリック教徒の居住エリア、クディチン集落をぶらりお散歩します。
クディチンとは?

クディチンをアルファベット表記するとKudichin、もしくはKudeejeen。ChinもJeenも中国or中国人を意味します。
しかし、クディチンはポルトガル系タイ人とほぼ同意語。なぜChinなのにポルトガルなのか、疑問に思っていました。
西洋の国で初めてタイと外交を結んだのはポルトガル。両国の関係は500年以上前のアユタヤ王朝期に始まります。
そして、1767年のアユタヤ陥落後、トンブリーに都を移したトンブリー朝のタークシン王が、迫害を恐れてアユタヤより逃げてきたポルトガル系の人々に、現クディチン地区の一部を貸与。

この一帯には、トンブリー王朝が開かれる前の18世紀初頭から中国系移民のコミュニティーが存在し、ポルトガル系の人々に与えられた区画は建安宮(サンチャーオ・キアンアンケン/ศาลเจ้าเกียนอันเกง)の隣です。
クディチンなる呼称は中国系の僧院を表す言葉に由来し、そもそも建安宮を指す言葉だったとか。
で、その横に引っ越してきたポルトガル系の人々をファラン・クディチン(※ファランは西洋人の意)と言い出し、いつしかファランの部分が省略され、クディチン≒ポルトガル系タイ人になったそうです。ちょっとややこしい。私の拙い文章で伝わりますかね。

ちなみに、タークシン王は中国系とポルトガル系のみならず、タイ系ムスリムやモン族をはじめとする人種的/宗教的マイノリティーを、このへんに集めたため、狭い範囲に中国廟や教会、モスクが密集。
ムスリムやモン族も全部ひっくるめて当地区に住む人たちをクディチンと表現している媒体も複数あって、ますますややこしいです。
つまるところ、狭義のクディチンはポルトガル系タイ人、または、そのコミュニティー。広義のクディチンはエリアの愛称くらいのニュアンスでしょうか。
ポルトガル系集落の散歩ガイド
ポルトガル系の集落の面影が色濃く残っているのは、サンタ・クルス教会を起点に北東方面に向かっておよそ100m圏内。今回は狭義のクディチンに絞り、その先の建安宮やバーンルアン・モスクへは行っていません。
①Santa Cruz Church

散歩のスタートは、クディチン地区のランドマークであるサンタ・クルス教会(Santa Cruz Church/วัดซางตาครู้ส กุฎีจีน)から。
聖なる十字架なる名前を掲げたカトリック教会で、ポルトガル系の人々がトンブリーに移住して間もない1770年に竣工しています(※1913年に改修)。
施錠されていて中は見られなかったものの(※ミサの日以外はほぼ閉まっている模様です)、ルネサンス様式と新古典主義様式をイイトコ取りした建物は異国情緒たっぷり。この教会に向かって右側から伸びる小さな通りがクディチン集落の入口です。
【場所】Googleマップで確認
②Baan Kudichin Museum

サンタ・クルス教会に次いで外せないスポットとなっているのが、2017年に設立されたバーン・クディチン博物館(Baan Kudichin Museum/พิพิธภัณฑ์บ้านกุฎีจีน)。
定休日の月曜を除き9時半から17時半まで、誰でも無料で見学できます(※タダで見させてもらえるぶん、ぜひ可能な範囲でドネーションしてください)。
もともとコミュニティーのリーダーが住んでいた3階建ての木造住宅を、1階はカフェに、2階と3階はポルトガル系タイ人の歴史や生活様式、食文化を学べるミュージアムにリノヴェーション。
2階・3階スペースには、食器類や家具、タイプライターにレコードプレイヤー、聖書など、実際に使用されていた品々が展示されています。

興味深かったのが精霊の人形。クディチンでは子どものしつけにタイ土着の精霊信仰を活用し、例えば「教会の鐘が鳴る夕方6時までに帰ってこないと、精霊にさらわれちゃうから門限を守ろうね」と人形を見せながら教えていたみたいです。
祖国の慣習を大切に守りつつも、意固地に原理主義を貫くことはせず、新天地のカルチャーもオープンに受け入れていったクディチン・コミュニティーの様子が伺え知れる素敵なエピソード。
長い間、近所に住むさまざまな民族/宗教の人たちと共存してこられているのは、互いの文化に理解を示し、良い風習は自分たちの生活にも取り込んでいこうといったマインドがあってこそ?
【場所】Googleマップで確認
一口メモ:雄鶏のシンボルマーク

祖国ポルトガルで語り継がれてきた幸運を呼び込むバルセロスの雄鶏の伝説にあやかって、雄鶏をシンボルにしてきたクディチン・コミュニティー。博物館のロゴも雄鶏です(※横に卵が描かれていますけど、Galoと書いてあったから間違いなく雄鶏です)。
1階のカフェス・ペースでは、このロゴをプリントしたトートバッグや巾着袋、Tシャツなんかのオリジナル・グッズを販売していました。
③Macaroni by Chris
店名はマカロニでも、門構えは思いっきりポルトガル仕様。ここはサイアム・ポルトガル料理のレストランです。
サイアム・ポルトガル料理の代表格は、コジートを原型とする煮込み料理のトムマファートと、ココナッツミルクをベースとする鶏のカレーに素麺をかけたカノムチンゲーンガイクア。
何せ食べていないので、トムマファートはともかく、カノムチンゲーンガイクアのどのあたりにポルトガル要素が入っているのかはわかりません。

お腹がいっぱいで、食事する気分になれず、でも、店の外観が可愛くて、写真だけ撮らせてもらいました。ゴメンナサイ。
Macaroni by Chris(マカロニ・バイ・クリス)以外にも、サンタ・クルス教会からチャオプラヤー川へ抜ける途中のHelo Nomsod(ヘロ・ノムソッド/เฮโล นมสด)やCaf Kudeejeen(カフェ・クディチン/คาฟกุฎีจีน)、②バーン・クディチン博物館そばのBaan Sakulthong(バーン・サクルトン/บ้านสกุลทอง ※完全予約制)でサイアム・ポルトガル料理を提供しています。
【場所】Googleマップで確認
④Thanusingha

お食事系は入らなくても、甘いものならイケるかと、散歩のシメに名物のカノム・ファラン・クディチンをいただきました。
訪れた店は②のミュージアムを通りすぎ、道なりに進んだThanusingha(タヌシンハー/ร้านธนูสิงห์)。写真下が1個30THBです。
生地に使われる材料は小麦粉、卵、砂糖の3つ。牛乳もベーキングパウダーもバターも使わず、仕上げにレーズンやシロップに漬けた冬瓜、干し柿をトッピング。
タイ風カスタードのサンカヤもポルトガル人がタイに伝えたスウィーツですし、米粉やタピオカ粉じゃなく、小麦粉の焼き菓子をタイで広めたのも華人やポルトガル入植者。タイの甘味に移民が与えた影響は絶大です。

タイの伝統菓子は大抵が激甘なのに対し、カノム・ファラン・クディチンは優しい甘さ。ホロホロ&サクサク食感がたまりません。ボーロのアップグレード版というか、日本の南蛮菓子に通じる部分も少なからずあります。
なお、クディチン地区でカノム・ファラン・クディチンの味を守っている店は、現在、ThanusinghaとKanoom Farung Lan Mea Poa(カノム・ファラン・ランメーパオ/ร้านขนมฝรั่งหลานแม่เป้า)とAuntie Amphan Shop(アンティ・アンファン・ショップ/ร้านป้าอำพรรณ)の3軒。
Wikipediaによると、ワンラン市場やバンランプー市場でも販売しているようです。確かにLan Mea Poaは卸売業者っぽい佇まいでした。
【場所】Googleマップで確認
アクセス方法

公共交通機関を使って、もっとも歩かなくて済む行き方は、MRTサナームチャイ駅の4番出口から、上掲の地図に示したアッサダーン船着場へ向かい、そこから船で対岸のサンタ・クルス教会船着場にアクセスする方法。
渡し舟の運賃は1人10THB。毎日8時から18時半まで、30分間隔で運航されています(※運が良ければ5~10分待ちで出発します)。
船を使わず歩いて橋を渡る場合は、サナームチャイ駅から20分弱、チャオプラヤー・エクスプレス・ボートのメモリアルブリッジ停泊所(N5)からは10分強。
ご参考までに、私は、往路は橋を歩き、復路は渡し舟を利用しました。人通りも少なく、歩いて苦になる感じではなかったです。
最後に

いまも約300世帯が暮らしているクディチン集落。首都がチャオプラヤー川の対岸へ移って以降に建ったタラートノイの聖ロザリー教会(Holy Rosary Church/วัดแม่พระลูกประคำ ※1897年竣工)の周りは、華系タイ人コミュニティーに吞まれましたが、ここはポルトガルらしさの保全に積極的です。
方向音痴泣かせの狭い路地が入り組み、写真映え必至。ほかのバンコクのどの場所にもない独特の雰囲気を味わいに、皆さんも足を運んでみてはいかがでしょうか。
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