男性から女性に、女性から男性になった方の談話も載っている『バンコクジャパニーズ列伝 いろいろあってバンコクにいます』を再読し(※詳しくはこちら)、ふとプーケット島を舞台にした能町みね子さんの実録エッセイ『トロピカル性転換ツアー』(文春文庫)が頭に浮かびました。
※『トロピカル性転換ツアー』は、もともと2008年に『たのしいせいてんかんツアー』なるタイトルで竹書房より出版され、2013年の文庫化に併せて改題。
初の海外で性転換手術?
エッセイスト、漫画家、イラストレーター、コメンテーターなど、マルチに活躍される能町さん。大相撲ファンの私にとっては、好角家の印象がとても強い方です。
もうちょっと突っ込んで白状しておきましょう。出世作『オカマだけどOLやってます』シリーズや、その続編に位置付けられる『トロピカル性転換ツアー』を後追いで知った私は、彼女が元男の子だったなんて予想だにしていませんでした。
性転換した著名人の多くはとことん女性らしさを追求している感じがして、彼女たちを見るたびに私は〈ここまでしおらしい女なんて実在するの?〉と、嫉妬と羨望と自省の念が混じった複雑な感情を抱いているのですが、能町さんはさにあらず。
〈同性ウケは抜群に良い反面、男性ウケはイマイチ〉と言えばいいのか、こじらせ気味の文化系女子みたいな認識だったんですよね。
したがって、初見の時は表紙を開く前からけっこうな衝撃を受けてしまった『トロピカル性転換ツアー』。しかし、驚きはページをめくってもまだまだ続きます。
ところで、私は当時、海外旅行未体験でした。だから、初めての海外旅行が性転換手術。心配が多すぎて計器の針が振り切れて、何を心配したらいいかもわからないので逆に気持ちは開き直っていました。
〈ところで……〉じゃないですって。このブログを書くにあたっていま一度読み直し、改めて〈この人やべえな〉と思いました(良い意味です)。
やけにあっさり書いていますけど、そうとうな出来事じゃないですか。ただでさえ大きな手術を控えているのに、初の海外旅行となれば、手術とは別の細々とした心配も山積み。出発前日には成田空港の下見もされているほどです。
感動巨編にはしない
- セックスしたい
- 温泉に入りたい
- 手術さえしちゃえば戸籍の性別も変えられる
そもそも著者が性転換を決心した理由は上記の通り。メンタル部分が深く関係しているのかと思いきや、凄く実用的で、誤解を恐れずに書くと何とも軽やかです。それは本書の読後感も然り。
この重すぎない点が本当に素晴らしく、だからこそ読者層を限定せずにさまざまなバックグラウンドを持った人が楽しめる仕上がりなんだと感じます。
「私だって感動巨編にはできますわ」とはご本人の弁。この本を感動路線にしなかった背景には、「性同一性障害についての世間の風潮にちょっと反抗したい気持ちも少しあった」とか。
いっそのこと、性同一性障害がもっと単純に「精神病の一種」ってことにならないかなあ。私は医学的根拠も何もないけど、勝手にそう思ってるんです。胎内での遺伝子がなんやかやで脳が女だとかなんとか言われているけど、そんなのどうでもいいのよ、ウソじゃねーの。「私は世界の帝王だ」とか「私は実は宇宙人だ」と信じ込んでいる人と同じ程度に、「私は女だ」って言い張る病気なんじゃないのかな。
この手の人たち(もちろん私含め)はみんな異様に「女である」ということにこだわります。そこが何より「ふつうの女」じゃないし、何より病気らしい。こだわりすぎて、自分の体格や年齢を考えない異様な女装をしてしまったり、ふつうのおんな以上にストイックに美しくなっちゃったり。
(中略)
この病気が「世界の帝王」や「宇宙人」と違うところは、体のほうを手術すると治ったような気がすることです。性同一性障害はそのへんがとてもラッキーだとも言えるわけで、私もそれを越えて「病気っぽいこだわり」は年々薄まりつつありますが、きっとこの考えはある種の不治の病なんだと思う。
ともあれ、トロピカルムード満点の入院生活によって、私は楽しく性転換をしたわけです。その雰囲気が少しでも伝わればいいなあ。
誤解しちゃいけないのは、手術自体がカジュアルだという話をしているのではない点。『トロピカル性転換ツアー』に「みんなも性転換しちゃおうぜ!」と煽る雰囲気は希薄です。
本編の序盤にはどういう工程で治療が進んでいくのか、皮を残して中身を抜いて、その皮をこっちに持ってきて……みたいな解説も。
生殖器官という人間の大事な部分をダイナミックにいじるのですから、やはり容易い手術ではありません。
実際、能町さんは術後に持病が悪化し、入院期間が大幅に延長。プーケット観光が一切できなかったどころか、帰国後に即入院&手術されています。それでもあえて悲劇のヒロインを演じなかった筆致がカッコ良すぎです。
医療ツーリズムに力を注ぐタイ
さて、国策としてメディカル・ツーリズムの強化に取り組んで久しいタイ。2010年代には医療サービスを受ける外国人の数が、前年比10%前後で推移していました。
そして、コロナ禍で観光収入全体が激減した現在、2021年に承認された医療用ビザの発行を皮切りに、メディカル・ツーリズムで空白のパンデミック期間を穴埋めしようとする動きが活発化しています。
もしかしたら、いままさにタイで何らかの治療を検討されている方もいらっしゃるでしょうか。人によっては〈発展途上国の病院って大丈夫?〉と不安に感じているかもしれません。
性転換手術はもとより、美容整形や歯列矯正、ガンや循環器系疾患、不妊治療、リハビリや人間ドッグをはじめ、受けられる医療サービスの領域もどんどん多様化。
英語・タイ語のわからない日本人に向けたサポート体制や施設内のファシリティーの充実ぶりも随所で窺える『トロピカル性転換ツアー』は、そういった不安を抱えている方にとってかなり参考になる気がします。
しかも、各メディアをチェックした限りでは、10年以上前に書かれた『トロピカル性転換ツアー』の時点より、間違いなくあらゆる面が改善されている模様。
私もタイ滞在中の時間がある時に、噛み合わせを治したり、顔にレーザーを当てたりしてみたいな~と思っている次第です(……って話をツレにしたところ、「もっと先に治さなきゃいけない箇所がたくさんあるだろ」と冷ややかに言われました。腹立つ)。
※記事内の画像はフリー素材を使用しています。本著とは直接関係ありません。
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