思いつきで始めた彩図社強化月間(創業30周年おめでとうございます!)。まだまだ好きな作品はたくさんありますが、私のスロウな更新ペースを考えると、これが今月ラストの投稿になる模様です。
トリを飾るのは『売春島「最後の桃源郷」渡鹿野島ルポ』(2017年/彩図社)。物議を醸すことの多い彩図社の書籍の中でも、直近5~6年に絞れば、刊行時の話題沸騰度の高さは間違いなくトップクラスに入る一冊じゃないかと思っています。
売春島にまつわる噂
著者の高木瑞穂さんは、風俗専門誌の編集長や週刊誌の記者を経てフリーに転向したノンフィクション作家です。
主に風俗や裏社会の犯罪事件を題材に扱い、同じく彩図社から発表した最新作『覚醒剤アンダーグラウンド 日本の覚醒剤流通の全てを知り尽くした男』(2021年)も記憶に新しいところ。
ちなみに、『覚醒剤アンダーグラウンド』ではなく『売春島』を取り上げたのは、まがいなりにも旅行をテーマにしたブログにつき、『売春島』ならダーク・ツーリズムの観点で強引に旅とも繋げられるかなと(もはやブログのコンセプトなんぞ誰からも気にされてないのに、なぜか頑なに守っています)。
それはさておき、作品の舞台は三重県志摩市東部に位置する周囲およそ7kmの渡鹿野島。半ば公然と売春が行われいたこの島の異名こそ、タイトルに掲げられた売春島に他なりません。
言わずもがな、日本の法律で売春は禁止されています。にもかかわらず、売春産業で成り立つ渡鹿野島は常に好奇の目に晒され、週刊誌の格好の餌食となったり、以下に抜粋した都市伝説的な噂が出回ったり……。
- 警察や取材者を遠ざけるため、客はみな監視されている
- 写真や動画を撮ることは許されない
- 島から泳いで逃げた売春婦がいる
- 内定調査に訪れた警察官が、懐柔されて置屋のマスターになった
- 売春の実態を調べていた女性ライターが失踪した
なお、置屋とは売春斡旋所のこと。諸々の悪評が広まった背景について「当局との軋轢を避けるため、おいそれと来訪者たちに内情を打ち明けるわけにはいかない。そう、だからこそこうしたタブーが仄めくのだ」と綴る高木さん。続けて……。
その〈売春島〉が、今、消えようとしている――。
長きにわたって売春産業を続けてきたこの島で、いったい何が起っているのか。本書では、〈売春島〉が凋落した全貌と、いまだに知られざる噂の真相を検証していく。それは、この島に魅せられた僕が、歴史の行き証人たちを訪ね歩き、そして、本音で語り合う旅でもあった。
気が遠くなるほど地道な取材
恋人に騙され、何も知らずに売春島へと売り飛ばされた当時17歳の女性が、命からがら泳いで島を脱出したという衝撃のエピソードでスタートする本編。
このインタヴューは高木さんの知人が2000年に行ったもので、高木さんが売春島へ初上陸したのはその約10年後でした。初回は体験ルポの体裁をとった潜入取材だったらしく、まだその頃は興味本位でしか島を見ていなかったと書かれています。
ところが、元ブローカーに話を聞く機会があり、島の暗部を垣間見てしまった高木さんは、もっと島の内情を知りたいとジャーナリスト魂を燃やすように。
ただし、どんなに知りたいと願ったとて、散々これまで週刊誌に嫌な思いをさせられてきた島の人々が、簡単に腹の内を明かすはずがありません。
知り合いのヤクザ関係者、かつて島で働いていた元内装職人、旅館の女将、現役娼婦、行政関係者、置屋のオーナー……と、1歩ずつ1歩ずつ核心へ近付いていく以外に為す術なし。
時には住地図検索サービスを活用し、志摩市内に住むとされる重要人物の自宅を虱潰しで探し当て、ツテもアポもない状態で取材を申し込む場面もありました。
こうした地道な取材の甲斐あって、当初は点と点だった情報が線で繋がり、そして終盤で全貌がくっきりと浮かび上がる瞬間の腹落ち感たるや。
題材が題材だけに、『売春島「最後の桃源郷」渡鹿野島ルポ』の読書で得たアハ体験を〈気持ち良い〉とか〈快感〉とかって表現するのは軽率だと自覚しつつも、未読の方にはぜひ視界がパッと開けるこの感じを味わってほしいです。
ダーク・ツーリズムの是非
元カレの家で『実話ナックルズ』のバックナンバーを流し読みしていた時に、売春島の存在を知った私。こんな場所が日本にあるなんてまず信じられなかったですし、本書を買った理由も邪な野次馬心からでした。
しかし、売春の善悪を問うでもなく、ましてや茶化すでもなく、その歴史と実態をありのまま伝えんとする高木さんの真摯な姿勢にめちゃくちゃ心打たれ、ジャーナリズムの在り方を学んだ気がします。
他にめぼしい産業がなく、置屋や旅館はもとより、飲食店や食品雑貨店、不動産屋をはじめ、島内のあらゆる商売が、直接的に、または間接的に、売春産業に支えられていた現実。
生活していくうえで売春に頼らざるを得なかった島の住民を非難するなど、私にはとてもできません。それはこの島で春をひさげてきた女の子たちも然りです。
一応、補足すると、先述の泳いで逃げた子のように無理矢理売り飛ばされた女性はほんのひと握り。多くが自発的に働いていたそうで、その大多数に同情の目を向けるのもちょっと違うよな……と。
この手の本で起こりがちな論争の1つにダーク・ツーリズムの是非、具体的には〈見世物にしていいのか?〉みたいなものが存在します。
本書が出てしばらくは渡鹿野島も久方ぶりの特需景気に見舞われ、5年経った現在もTwitterやインスタで検索した限り、ちょくちょく話題にされている方や実際に観光で訪れている方が確認できました。
たぶん〈見世物にするな!〉といきり立っている人の9割以上はその土地に金を落とすでもなく、ヘタをすると本すらまともに読んでいない様子。ぶっちゃけ、〈正論を振りかざすだけの部外者は黙っとけよ!〉って感じですかね。
住民の方々に何かしらの恩恵があって、嫌な思いをされていないのであれば、節度を弁えることを大前提に、ダーク・ツーリズムも、それを促すコンテンツも、世の中には必要だろうと思っています。
……って、とりとめのない文章になってしまいました。この素晴らしい作品を前にもっとしっかりした感想文を書きたかったものの、私の語彙力ではこれが限界。
意図的に詳細を省き、ネタバレを避けて当ブログを書いたつもりなので、続きは実際に読んで、それぞれの方がいろいろと考えを巡らせていただけたら嬉しいです。
※記事内の画像はフリー素材を使用しています。本著とは直接関係ありません。
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