FAR-OUT ~日本脱出できるかな?~

現在は旅の記事をお休みし、旅関連の本を紹介する読書ブログに切り替えています。

崎山克彦『何もなくて豊かな島―南海の小島カオハガンに暮らす』|読書旅vol.59

今回取り上げる書籍は、『何もなくて豊かな島―南海の小島カオハガンに暮らす』(1995年/新潮社)。いいな~、いいな~、いいな~……と、この本を読み終えるまでに500回くらい心の中で呟いたと思います。

 

退職金で島を購入?

本題に入る前に、まずは著者である崎山克彦さんの略歴からご紹介しておきましょう。以下、作中で崎山さん本人が書かれているものを要約しました。Wikipediaに載っている年代とは若干異なりますが、たぶんこちらが正解かと思われます。

慶應義塾大学を卒業した1959年に、講談社へ一旦入社した崎山さんは、アメリカ留学を経て、設立間もない講談社インターナショナルに再就職。

やがて同社の役員に就任するも、52歳で会社を離れ、退職金でフィリピンに島を購入。それとほぼ同じ時期の1988年に、友人から外資系出版社の舵取りを任され、年に数回ほど島へ通いながら、出版社経営の仕事を続けた後、1991年に完全移住を果たします。

移住して以降は、島のインフラ整備や海の環境管理を行い、グリーンツーリズムを推進して、その観光収入を地元の方々に還元。また、NGO南の島からを設立し、子どもたちに教育の機会を提供する活動もされています。

経歴が濃い……。とりわけ異彩を放っているのが、フィリピンに島を購入した箇所。外国の島を丸ごと買い占めるなんて、夢みたいな話じゃないですか。

 

セブ島沖に浮かぶカオハガン

崎山さんが買ったのは、セブ島沖に浮かぶカオハガン島。東京ドームよりもちょっぴり広い敷地面積を誇り、マクタン島からフェリーで最短20~30分の場所に位置しています。

マクタン島と言えば、マニラのニノイ・アキノ空港に次いでフィリピン第2の国際空港がある島。つまり、アクセスもそれなりに良好です。

この島が売りに出されていることを小耳に挟んだ崎山さんは、胸の高鳴りを押さえられず、わりと即決で購入するに至ったのだとか。

ちなみに、価格は当時のレートで約1000万円。意外にリーズナブル? とはいえ、島ですからね。価格はさておき、権利問題や購入後の使い道など、あれこれ考えると、即決するにはだいぶスケールの大きな買い物です。

でも、きっとカオハガンは崎山さんに買われるべくして買われたのでしょう。崎山さんにとってカオハガンが理想的な場所であったと同時に、カオハガンにとっても崎山さんに救われた部分が大きかったはず。

『何もなくて豊かな島』を読み進めていくうちに、崎山さんとカオハガンは運命の糸的なもので結ばれていたのだと、確信めいた思いが込み上げてきます。

 

島民と共に暮らす

島を購入した崎山さんは、カオハガンを運用するにあたってどんなプランを練ったのか。熟考の末、①島の美しい自然を守ること、②島民と一緒に生活すること、③たくさんのツーリストに訪れてもらうこと、という方向性に辿り着きました。

特に括目すべきは③。もともと住民たちは土地不法占有者として島に暮らしていたそうで、担当弁護士関係者は彼らを追い出すよう提言。しかし、崎山さんはその声に従わず……。

“自然も大事だが、住んでいる人も大切だ。人の住んでいない大自然もすばらしいが、そこで生活している人々との関係は、私にとって大切に思え、興味があった。そして、思い切って、まわりの人たちの親切なアドバイスを押し切り、島民たちと一緒に生活する道を選んだのだ”

いまでこそエコツーリズムグリーンツーリズム(もしくはアグリツーリズム)なる言葉も普及し、訪れる旅行者に自然や地元の人とふれあってもらいつつ、地域を活性させる考え方が当たり前になってきたものの、当時はまだまだ諸外国の大手企業が先頭に立ち、東南アジアの島々の大規模なリゾート開発が積極的に行われていた時期。

ご多分に漏れず、急速に観光地化され、経済発展していくセブ島を横目に、目先の利益よりも、まずは住民たちの昔ながらの暮らしを守ろうとする崎山さんの勇断に痺れました。

仮にカオハガンが他の人の手に渡っていたら、現在とは全然違う姿になっていたでしょう。大型カジノが建設されたとしても、何ら不思議じゃないです。だからやっぱり崎山さんとカオハガンの出会いは運命だったと思えてなりません。

著者と島民との関わりの中で印象的だったのが、移住して間もない頃、大型台風が襲来した夜に崎山さんが約300人の島民全員を自宅に避難させたエピソードです。

〈避難させた〉ではなく、〈勝手に集まった〉という表現が正しいのかな? 何にせよ、追い返さなかったのは事実。なかなか簡単にできることじゃないですよね。

なお、それまでハリケーンのたびにみんなが避難していた教会学校は、この時に全壊。崎山邸がなければ、死傷者数ゼロでは済まなかったかもしれません。

 

天気は晴れ、気分も晴れ

身の回りで採れるものを新鮮なうちに食べて暮らす島の人々は、定期収入を持たずとも飢える心配がありません。生活の中心に存在するのは一にも二にも家族です。

“発達した社会では、国、会社、地域社会、学校などいろいろなものに複雑に関係し、人は生きている。その中で家族というものの存在感が薄くなってくる”

そうですよね。物凄く大事なことを、この本に教えられた気がします。加えて、船から家まで、すべて自分で組み立ててしまう島の男性陣にも、都会で暮らす多くの日本人が忘れてしまった逞しさを感じ、純粋にカッコイイと思ってしまいました。

“風の音で目を覚ます。あたりはもうかなり明るくなっている。甲高い海鳥の声が聞こえる。五時をちょっと過ぎている。カオハガンでは、この時間に、自然と目が覚める。目覚めの気分はいつも爽快だ。

部屋を出ると風が頬を撫でる。家の前は緑の芝生と白い砂。二十メートルほど先には、海が視界いっぱいに広がっている。海岸に立つ何本かのココ椰子が、風に静かに葉を揺らす。海は穏やか、風はない。しかし、よく見ると、上等の縮み和紙のように海面が細かく揺れて流れている。サワ、サワ、サワと風の音があたりを包む。本来の朝の気分とはこんなものなのだろう。天気は晴れ、気分も晴れだ”

羨ましい。羨ましすぎます。私もこんな暮らしをしてみたい。いや、〈してみたい〉じゃなくて、必ずやしてみせますとも。自分の理想とするライフスタイルを提示され、いま胸の奥がサワサワしています。

もっとも、物質的/経済的に恵まれた日本という国を否定する気はなく、どっちが良い悪いって話がしたいわけじゃないんです。私の場合は昔から南の島での生活に強い憧れを抱いていたせいで、思いっきり崎山さんに感化されただけのこと。

もう少し冷静になって本稿のまとめに入ると、情報過多人間関係が複雑化しがちな環境に疲れを感じたり、幸せの本質を見失いかけたり、周囲の目が気になったり、過度に誰かを羨ましがったり、他人と比べて自分を卑下したり……きっとそれぞれにいろいろありますよね。いまの日本社会に生きづらさを感じるなと言うほうが無理な話。

でも、『何もなくて豊かな島』を通じて、〈もっとシンプルに生きていいんだ〉って気付かされました。息抜きの方法とは? 働く目的とは? 精神的な豊かさとは?――そうした疑問をさり気なくこちらに投げ掛け、解答例の1つをそっと教えてくれる作品。

この記事を書いていて、最後の最後にわかりました。たぶん本書は、移住を夢見てのんべんだらりとコロナ禍をやり過ごしている私なんかよりも、地に足をつけて毎日がんばっている方々のほうがよっぽど刺さるだろう一冊です。

※記事内の画像はフリー素材を使用しています。本著とは直接関係ありません。なお、一部セブやボホールの写真も混ざっています。

 

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