FAR-OUT ~日本脱出できるかな?~

現在は旅の記事をお休みし、旅関連の本を紹介する読書ブログに切り替えています。

吉本ばなな『マリカのソファー』|読書旅vol.57

前回に続いて吉本ばななさんの旅エッセイを取り上げようと、『マリカのソファー/バリ夢日記 世界の旅①』(幻冬舎)を選んでみました。

本書はバリを舞台にした小説と、その小説の取材日記を1冊にまとめたもの。当初は後者の『バリ夢日記』をメインに感想文を書くつもりでしたが、久々に読み返した小説パートにも改めて心を射抜かれ、2回に分けてアップすることにします。

 

心の傷を癒す旅

まずは『マリカのソファー』について。同作は1994年に『マリカの永い夜』というタイトルで発表され、1997年の文庫化に併せて改題。この時、登場人物の設定も一部変更されています。

幼い頃から両親に虐待され、自分の中に複数の人格を形成することで自らの身を守ってきた少女=マリカと、マリカにとって唯一の友達である近所の主婦=ジュンコ先生が、バリ島を旅行する物語。

吉本ばななさんが書かれる旅をテーマにした多くの小説――例えば2002年作『』や2004年作『なんくるない』、2007年『まぼろしハワイ』他――と同様に、ここでも主人公は心の傷を負っています。

『マリカの永い夜』では、ジュンコ先生の職業が精神科医でした。解離性同一症多重人格障害)を抱える女の子と、その担当医といった間柄です。それがどうして一般の主婦に変わったのか。

解離性同一症の知識を持たない私が、めちゃくちゃ勝手な憶測で書くと、治療のゴールは患者の中にある別人格の消滅、もしくは患者本体との統合なはず。

しかし、ジュンコ先生は道中で〈いま目の前にいる別人格も実在する人物なんだ〉とかつてないほど強く思い、別人格オレンジとの別れ(消滅)を予感して淋しい気持ちになります。

もしかしたら、このあたりが加筆修正のきっかけになったのかもしれません。『マリカの永い夜』のほうが好きなファンも少なくないとは思います。

ジュンコ先生が精神科医だからこそ意味があるとの声も理解できます。でも、私には修正ヴァージョンのほうがしっくりきました。

ジュンコ先生と出会うまでのマリカの世界には、自分の中に存在する複数のパーソナリティーと、マリカを引き取った祖母、〈あの人たち〉と呼んでいる両親、さらには病院の先生しかいなかったから、血の繋がりのない人を〈先生〉付けで呼んでしまう点にも、主人公の苦悩孤独がくっきりと表れています。

 

風景と共に展開していく物語

高級リゾートが立ち並ぶジンバランヌサドゥアではなく、猥雑としたクタレギャンでもなく、2人が最初に滞在したのは、良い意味で少し寂れたサヌールです。

ここで一旦バリ島の空気に心と体を慣らし、その後、島屈指のヒーリング・スポットであり、芸術の村としても知られる山間部のウブドへ移動。アットホームな雰囲気のロスメンに宿泊するも、別人格オレンジの喜ぶ姿を見たジュンコ先生は、アマンダリへのホテル・チェンジを思い立ちます。

そして、ラグジュアリーな5つ星のホテル・ステイから一転して、バリ原住民の村トゥガナンに立ち寄り、旅の最終目的地となるクタへ。

ここでマリカとジュンコ先生はうっかりマジック・マッシュルーム入りのオムレツを食べて、トリップしてしまったりも……。

バリはさまざまな表情を湛えた島です。聖と俗、山と海、眩い日差しと夜の闇、善と悪、都会と田舎、破壊と創造――どんな土地にもいろいろな側面があるものの、私が過去に訪れたどの場所よりも、バリ島はそれらのコントラストが強烈でした。

なおかつ、一見して正反対に思えるものが、ふとした瞬間に交錯し、境界線が曖昧になるというか……。私の語彙力では到底形容できない不思議な魔力が、あの場所にはあるように思います。

そんなバリの風景と、1つの肉体に複数の精神が宿るマリカとをやんわり重ね合わせていくアイデアが秀逸。そして、別の人格がマリカ本人と一体化し、彼女の未来がここから好転するであろうことを匂わせるフィナーレに唸りました。

相反したものを内包し、そのすべてを肯定する――『マリカのソファー』には、バリの魅力がギュッと凝縮されている気がしてなりません。

 

バリは不思議な島

“この島は不思議なところだよ。大きいものから、小さいものまで。あれ、今のなにかな?っていうものから、うわあ、でかいものがやってくる、っていうものまで。空気が生きているから、地面が力を持っているから、いやすいんだろうね。

それに、すごく気持ちのいい存在もいる。山のほうから来る。上品で、きれいで、強くて、かわいくて、すごいやつ。大好きななにか。犬みたいな心の、美しい何か。すごく、すごく昔からいるもの。いちばん大きい椰子の木よりも古いもの。

それから、おそろしいもの。海のほうから来る。マリカの親みたいな、でたらめなやつ。でもいる。時々気配を感じる。ぞっとするような感じ。大きくて、大切に思っていることや、ゆずりたくないことをなにもかもちっぽけなことに思わせてしまう、やっぱり昔からいるもの。

どっちがいいとか、悪いとかではなくて、ただそういう両方の味があるというか、そういうもの”

この1節はウブドでオレンジがジュンコ先生に言った言葉。『マリカのソファー』で私が一番好きなパートです。

大竹昭子さんの名著『バリの魂、バリの夢』でも書かれていたバリ・ヒンドゥーの宗教観が、ピタっとわかりやすく表現されていると思います(※『バリの魂、バリの夢』についてはこちらからぜひ)。

私はバリ島が大好きです。だけど、バリの素晴らしさを説明しようとしても、上手く言語化できません。

それもあって、〈私もバリに行ってみたい! 今度一緒に行こうよ!〉と友達から持ち掛けられた際には、予習もかねてこの本を貸していた記憶があります。今回再読して、そのことをふと思い出しました。我ながらそうとう面倒臭い女ですね。

いまバリに行きたくても行けずにウズウズしているリピーターの方はもちろん、いつか行こうを思っている方にも、『マリカのソファー』はめちゃくちゃオススメな小説です。

こんな素敵な物語がいかにして生まれたのか。この続きは次回の『バリ夢日記』編にて紹介したいと思っています。お時間があれば、ぜひまた覗きにきてください。

※記事内の画像はフリー素材を使用しています。本著とは直接関係ありません。

www.gentosha.co.jp

 

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