ヴァレンタインデーが近付いてきました。もともとは菓子メーカーや小売店の戦略だったとしても、チョコレートを贈る日本独自の風習が私はけっこう好きです。デパートの催事場などで選りすぐりの品々がズラリと並ぶ光景に、毎年まんまとウキウキさせられています。
しかも、かつては本命チョコと義理チョコにざっくり大きく分けられていたのに対し、いまや友チョコ・逆チョコ・世話チョコ・ファミチョコ・マイチョコ……と、贈る用途が多様化。愛の告白をする日といったニュアンス以上に、大事な人(自分を含む)に感謝したり、労ったりする色合いが濃くなり、ますます〈良い行事だな~〉と感じる次第です。
大都会ニューヨークでの心の触れ合い
そんなわけで、今回はヴァレンタイン・シーズンにもピッタリな『ニューヨークのとけない魔法』(2007年/文藝春秋)を選んでみました。
本書は、かの地で暮らすエッセイスト・岡田光世さんの代表作。『ニューヨークの魔法は終わらない』(2019年)まで、現時点で9巻を数える『ニューヨークの魔法』シリーズの記念すべき第1弾です。
ここに書かれている内容は、著者がニューヨークで経験した、どれもこれもほんの些細な日常での出来事。文庫本の裏表紙にはこう綴られています。
世界一お節介で、おしゃべりで、図々しくて、でも憎めないニューヨーカーたち。東京と同じ孤独な大都会なのに、ニューヨークは人と人の心が触れ合う瞬間に満ちている。みんな切なくて人恋しくて、でも温かいユーモアを忘れない。息苦しい毎日に心が固くなっていたら、ニューヨークの魔法にかかってみませんか。
例えば、岡田さんが地下鉄の駅で切符を買おうとした時。大きいお札しか持ち合わせがなく、〈Too big. Too bad(大きすぎるよ、あいにくだね〉と係員に突っぱねられて立往生していると、どこからともなく〈I will give you change(くずしてあげますよ)〉と救世主が現れるひとコマ。
はたまた、DIY用にゲットしたブロックを抱えてよろよろと歩いていた時。自分の膝の上に乗せて運ぶよう申し出てくれた車椅子の男性が、躊躇う著者に対して〈It’s a piece of cake(お安いご用だよ)〉と事もなげに言う場面。
他にも、カフェで執筆作業をしていたら隣のお客さんが唐突に身の上話を始め、今度はバルコニーで仕事をしていると道行く人々が足を止めてガーデニングを褒めてくれ(仕事にならない!)、本の問い合わせで書店に電話すれば店主との雑談がひたすら展開、教会の奉仕活動で仲良くなったホームレスからは住まい(段ボールの家)に招かれて……といった具合。何ですか、この素敵な触れ合いは。世の中捨てたもんじゃありません。
コロナ禍でも人の温もりは感じたい
コロナウイルスの感染拡大以降、ニューヨークの治安悪化を伝えるニュースがよく流れてきます。殺人・強盗・強姦などがコロナ前に比べて急増し、昨年は傷害事件の発生件数が1977年の統計以来、過去最悪をマークしてしまったのだとか。
そうでなくても、文字通りソーシャル・ディスタンスで人と人との物理的な距離が遠くなっているのに……。しかし、オミクロン株の感染が急拡大した昨年末、岡田さんのSNSを見てほっこりしました。
ニューヨークで昨夜、ビール15缶入りの大きなケースと、コーヒーの特大の缶を抱えたまま、アパートの鍵を出そうとしていたら、Are you OK?と男性が声をかけてくれた。数日前はTrader Joe’sで、棚の一番上にあるチーズが取れないと眺めていたら、若い女性がDo you need help?と言って、その人も背が高くないので、背伸びして取ってくれた。
犯罪が増えて、確かに夜遅く歩くのは、場所によっては緊張するし、地下鉄で目を合わせたら危ないって思うときもあるけれど、ニューヨークのちょっとしたやさしさは、魔法シリーズのニューヨークと、今も変わらないよ。
みんなで支え合いながら生活しているこの感じ、素晴らしいですよね。近所付き合いを煩わしく思う時もあるものの、往々にしてご近所さんはありがたい存在。
現に、コロナ太りから一念発起して日々縄跳びに勤しんでいる現在の私は、散歩中のおばあちゃんが投げ掛けてくれる〈上手ね~〉〈寒いのに偉いわね~〉的な言葉に励まされ、向い住むおじさんからの〈何キロ痩せた?〉というド直球な質問に気持ちを奮い立たせています。皆さんの目があるからこそ、毎日続いているのかも。
ついでにこのまま少し脱線しますが、近い将来、加速度的に進んでいく模様の無人コンビニや無人カフェについて、皆さんはどう感じていますか。技術としてはおもしろいし、非接触が求められる時代とも合っているし、近所にオープンした暁にはミーハー根性丸出しで何度か利用するだろうと思いつつ、それでも私はやや懐疑的です。有人店舗と無人店舗が選べるなら、迷わず有人を選ぶはず。
Amazonの置き配にしたって、配達員さんの手間を省く目的だとわかっていても、本音の部分では味気なさと少々の不気味さを感じているんですよね。注文したことを忘れていた時なんて、玄関先に置かれた例の〈笑った口〉のロゴにギョッとしています(それに関しては忘れるほうが悪い)。
たぶん私は、スーパー/コンビニの店員さんや配達員さんに〈ありがとうございます〉とか〈ご苦労様です〉とか、飲食店の方に〈ご馳走様でした〉とか〈美味しかったです〉とか、何かひと声掛けるのが好きなんでしょう。加えて、ご近所さんと軽い挨拶を交わし、顔馴染みのワンちゃんと戯れるのも大好きなんだと思います。
人と会う回数が激減したコロナ渦中に『ニューヨークのとけない魔法』を再読し、そのことを改めて実感しました。
各エピソードに登場する小粋な英語表現
おっと、1つ重要なポイントをお伝えし忘れていました。『ニューヨークの魔法』シリーズは、すべての小咄にちょっとした英語表現が挿入されています。そもそもは駅前留学のスローガンでお馴染みのNOVAから提案された、日本語のエッセイに英文を織り交ぜるこのアイデアが大ウケ。
何せ、本のテーマが著者から見たニューヨークの日常ですからね。普段使いできる超実践的なフレーズがたっぷり詰まっていて、英語学習者にうってつけです。
小粋な英語表現を学べると同時に、〈世界一お節介で、おしゃべりで、図々しくて、でも憎めないニューヨーカーたち〉の、とりとめもない、でもとびきり愛おしい暮らしぶりが垣間見える同シリーズ。1作目『ニューヨークのとけない魔法』の締めを飾るのは、映画のワンシーンさながらにロマンティックなヴァレンタインデーのエピソードです。
ぜひこの機会に同作を通じて人の優しさや人間関係の大切さを感じてみてはいかがでしょうか。外は寒いけど、心はポカポカ温かくなれますよ。まあ、別にいつどのタイミングで読んでも良い作品は良いんですけどね。
※記事内の画像はフリー素材を使用しています。本著とは直接関係ありません。
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