FAR-OUT ~日本脱出できるかな?~

旅のこととか、旅に関する本のこととか。

星野道夫『旅をする木』|読書旅vol.33

昨日は大寒。いまが1年でもっとも寒い季節です。寒さに弱い私はかなり滅入っていて、着る毛布にフード付きのポンチョ、暖パン、ひざ掛け、厚手のソックスやレッグウォーマー……と、部屋の中で身に付けているアイテムはモコモコ素材の大渋滞。〈日本に四季がなければいいのに〉と無粋な思いが頭を擡げたりもします。

そんな生き物としてパワーダウンしまくっている最中にご紹介するのは、星野道夫さんの『旅をする木』(1995年/文藝春秋)。星野さんが暮らしたアラスカの冬に比べると、私の住む街の寒さなんてチョロすぎます。そもそも比較する自体がおこがましいです。

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しかし、フィジカルが弱りがちな冬場のみならず、この本にはメンタルが落ち込んだ時にも物凄く励まされ、コロナ禍で旅ブログ→読書ブログへと切り替えた直後からずっと取り上げたいな~って思っていました。

で、本書の纏う静かな温かみや優しさは、ギラついた夏の日よりもしんとした冬の夜が似合うと考え、1年で一番寒い時季にアップした次第です。

 

大自然の力強さと美しさと脆さ

小中高の国語や英語の教科書にも載っているくらいなので、星野道夫さんについては改めて説明するまでもないでしょうか。写真家であり、探検家であり、文筆家でもあった星野さんは、慶應義塾大学を卒業後にアラスカ大学野生動物管理学部へ入学して以降、アラスカを拠点に活動。

雄大アラスカの風景と、厳しい自然環境の中で命を繋いできた先住民族やさまざまな野生動物――星野さんの作品はどれも生命力に溢れ、腹の底から沸々と湧き出るような力を与えてくれる一方、生きる意味を容赦なくこちらに問い掛けてきて、甘ちゃんな私は呆然としてしまい、しばしば泣きたい衝動に駆られます。

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生きるって何だろう。星野さんの文章や写真から私が受け取った答えは、いまこの瞬間をきちんと意識することでした。過去を悔やんだり、未来に思いを巡らせたりしがちな私。

でも過ぎ去った日々はどう足掻いても取り戻せず、命が絶たれた瞬間に明日は訪れないわけで、星野さんの映し出した一瞬一瞬を逞しく生きるカリブーグリズリーザトウクジラの姿は、そうした当たり前の事実を私たち現代人に教えてくれている気がしてなりません。

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さて、『旅をする木』の話。本作は1993~1995年に月刊誌『母の友』で連載されたコラムに、書き下ろしを加えたエッセイです。それまでの15年間、アラスカを転々としてきた星野さんがフェアバンクスに住居を構え、結婚し、第一子を授かった時期。文庫本の解説を担当された池澤夏樹さんは、この本について以下のように説明しています。

幸福になるというのは人生の目的のはずなのに、実は幸福がどういうものか知らない人は多い。世の中にはこうすれば幸福になれると説く本はたくさんあっても、そう書いている人たちがみな幸福とは限らない。実例をもって示す本、つまり幸福そのものを伝える本は少ない。つまり、本当は誰もわかっていないのだ。

旅をする木』で星野が書いたのは、結局のところ、ゆく先々で一つの風景に会って、あるいは誰かに会って、いかによい時間、満ち足りた時間を過ごしたかという報告である。実際のはなし、この本にはそれ以外のことは書いていない。

足元に咲く野花の凛とした佇まい、束の間の夏に感じる香ばしいの匂いと頬を撫でるの心地良さ、白夜の淡い光。1つ1つの情景を丁寧に紡ぎ、星野さんが受けた大きな感動小さな感動も、そのままダイレクトに読み手まで届けてくれる33篇。

これほどの説得力を持って、著者本人にとっての幸福言語化し、生命の力強さとその裏にある脆さ、そして脆くて儚いがゆえの美しさを描いた作品は、滅多に出会えないと思います。

 

その時々で刺さるフレーズ

ひめくりカレンダーにしたいくらい、素敵な言葉が端々に散りばめられた『旅をする木』。読むタイミングによって刺さるフレーズが毎回少しずつ異なり、過去に自分で貼った付箋を追いながら再読するのも一興です。例えば私はこんな感じ。

 

①休職した時

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編集者時代にバセドウ病を患って休職した際、家でボーッとしている自分が何だかとても情けなくて仕方ありませんでした。そんな時、星野さんが本書で引用された、アンデス山脈発掘調査隊の話に心が救われました。

荷物を担いでいたシェルパ(ネパールの少数民族)の人々がストライキを起こし、困り果てた調査隊は日当のアップを打診。ところが、意外にもシェルパの代表から返ってきた言葉は下掲の通りでした。

私たちはここまで速く歩き過ぎてしまい、心を置き去りにして来てしまった。心がこの場所に追いつくまで、私たちはしばらくここで待っているのです。

 
②親友の死を受け入れられなかった時

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ある日突然、大好きな、本当に大好きな友達が星になり、私はしばらく経ってもその事実を受け入れようとしませんでした。頭ではわかっていても諦めきれなかったというか、認めてしまった後の未来(=彼女と会えない日々)が怖かったんです。どこまでも独りよがりで、呆れるほど弱虫ですね。

星野さんもまた20代で親友を亡くされていて、『旅をする木』の中でも当時の思いをたびたび綴っています。その言葉1つ1つが、どんなに私の背中を押してくれたことか……。

“ぼくはTの死からひたすらたしかな結論を捜していた。それがつかめないと前へ進めなかった。一年がたち、ある時ふっとその答が見つかった。何でもないことだった。それは「好きなことをやっていこう」という強い思いだった”

“二十代のはじめ、親友の山での遭難を通して、人間の一生がいかに短いものなのか、そしてある日突然断ち切られるものなのかをぼくは感じとった。私たちは、カレンダーや時計の針で刻まれた時間に生きているのではなく、もっと漠然として、脆い、それぞれの生命の時間を生きていることを教えてくれた。自分の持ち時間が限られていることを本当に理解した時、それは生きる大きなパワーに天下する可能性を秘めていた”

 

③退職するか迷っていた時

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友人の死を通じて人生観がガラリと変わった私は、いつか実行したいと思っていた海外移住計画を、〈いつか〉ではなく〈いま〉から進めるべく退職を決意します。が、決めたくせして、いざという時に激しく心が揺れました。

仕事が大好きだったのと、辞める前にもっと納得のいく結果がほしかったんです。〈自分はここで何を残せたのだろうか〉とか、〈納得できるまで続けるべきじゃないのか〉とか。つまり未練タラタラな私に、星野さんがそっと投げてくれた言葉はこちら。

結果が、最初の思惑通りにならなくても、そこで過ごした時間は確実に存在する。そして最後に意味をもつのは、結果ではなく、過ごしてしまった、かけがえのないその時間である。

現在、私は日本で暮らしています。コロナの感染拡大で当初の計画はリセットされ、この先どうなるか一切わかりません。でも、仕事を辞めたことは後悔していませんし、編集部で過ごした時間は一生の宝物だと胸を張って言えます。

 

④今回読み返してみて

もしこの土地に冬がなければ、そして一年中花が咲き乱れているとしたら、人々はこれほど強く花への想いを持ちえないだろう。

コロナ禍で私たちの生活様式は一変。変化のスピードがあまりにも速すぎて、心の拠りどころを見失いかける日もあれば、〈このままずっとコロナは収まらないんじゃないか〉と出口が見えなくて不安になる日もあります。

だけど、いまの状況を乗り越えて完全に日常が取り戻せた暁には、些細な出来事も物凄く感動的に映るはず。実際、ツレとも〈次に海外へ行く時は飛行機が離陸する前に号泣しちゃうだろうね〉といった話をしています。

 

死は死ではない

旅をする木』はアラスカの大自然が感じられる旅の本であり、人生をより豊かにするための指南書。生きる悦びや、その生と隣り合わせにあるについても深く考えさせられます。

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タイトルはBill Pruitt著『Animals Of the North』の第1章から取られたとか。1羽のイスカの気まぐれによって運ばれたトウヒの種子が川べりに根を生やし、大きくなり、川の侵食によってそぎ倒され、木の一生を終える。

しかし、川から海岸に流れ着き、そのトウヒを目印にキツネが集まり、キツネの足跡を辿って猟師がそこに罠を仕掛ける。さらに薪として活用され、燃え尽きた大気の中から生まれ変わったトウヒの新たな旅が始まる――簡潔にまとめると、そういうエピソードらしいです。池澤夏樹さんは解説中でこう記されていました。

つまりトウヒにとって、枝を伸ばして葉を繁らせ、次の世代のために種子を落とすという、普通の意味での人生が終わった後も、役割はまだまだ続くのだ。死は死ではなかった。

昨年、MUJI BOOKSの文庫本シリーズに『人と物15 星野道夫』がお目見えした他、没後25年を過ぎてなお星野さんの影響力は絶大です。こうやって星野さんは私たち読者の中で旅を続けているんだな~と感じました。同じく、私の友達も私の中で旅を続けている。考え方を切り替えるだけで、一緒に歳を重ねていくのがちょっと楽しみになってきます。

おっと、流石に話題が脱線しすぎですね。あくまでも旅エッセイとして『旅をする木』をオススメしたかったのに、今回は(も)なかなか良い具合にはまとめられませんでした。本の感想文って難しいです。

※記事内の画像はフリー素材を使用しています。本著とは直接関係ありません。

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