ワニ、ヘビ、カメ、カンガルー、ヤギ、ウサギ、ハト、サソリ、竹虫――これらは私が過去に食した変わり種の動物たちです。ゲテモノ(=下手物)って言葉はあまり好きじゃないのですが、何にせよ、いわゆるゲテモノ界の中ではわりとメジャーなラインナップ。
しかも日本の食卓にはなかなか登場する機会のない、こういう類の食べ物にトライしていたのは、好奇心旺盛だった20代前半まで。悲しいかな、歳を重ねるごとに食の冒険からは遠ざかってしまいました。
旅先で現地の人と手っ取り早く仲良くなるには、一緒にご当地料理を食べるのが有効な方法かと思います。今回取り上げる『世界のへんな肉』(2019年/新潮社)は、それを実践した世界1周の旅行記。
著者の白石あずささんは、地方紙の新聞記者を経てフリーライター&フォトグラファーに転身したキャリアの持ち主。「ふと自分は生まれてから、いったい何日たっているのか会社の机の上で電卓を叩いて調べてみたら、ちょうどもうすぐ1万日目を迎えることが判明」し、ぴったり1万日目に辞表を出したというから、この時点ですでに変わり者の匂いがプ~ンと漂ってきます。
そして、「何のしがらみも目的も締め切りもなく一生に一度くらい心ゆくまで、プラプラしたかったのです」と、3年に渡る世界放浪旅へ。その時のエピソードをメインにまとめたのが、彼女の処女作にあたる『世界のへんな肉』です。
そんな肉まで食べちゃうの?
エジプトではラクダを、ケニアではキリンを、ケニアではガゼルやインパラを、ペルーではリャマやアルパカを、グアテマラではアルマジロを、スウェーデンでは雷鳥やトナカイを、リトアニアではビーバーを、中国ではカブトガニを……と、さまざまな〈へんな肉〉に食指を動かしていく白石さん。日本では珍しい食材の調理法や味の感想のみならず、それらと対面したシチュエーションも本著の大きな見どころでしょう。
例えば、たまたま自宅に泊めてもらったイランの家族と外食する場面。次女(女子大生)の初々しい恋バナに耳を傾けながら頬張るのは、ヒツジの脳みそを挟んだサンドイッチです。何とも不思議な取り合わせ! ちなみに、ヒツジの脳みそは絹豆腐に似た歯触りで、「カレー味の白子みたい」だったらしいですよ。
また、インドで水牛を食べた話もビックリしました。インドでのヒンドゥー教徒の人口比率は約8割。ヒンドゥー教において牛は聖なる動物です。そこで水牛を食べるって……。なおかつ、隠れてこっそり嗜む雰囲気じゃなく、ヒンドゥー教徒も御用達の繁盛店っていうから、これはいったいどういうこと?
何でも、水牛(バッファロー)は悪魔の使いと見なされ、信仰の対象になっていないそうです。インドのミルク消費量は世界1位。チャイにもラッシーにも欠かせないですもんね。牛乳に限定した場合、生産量はアメリカに1位の座を譲っているものの、水牛乳まで換算するとインドがダントツでトップなんじゃないかというのが専門家の見立てでした。
インドは水牛の飼育頭数も世界最大。搾乳できなくなった水牛は食用に解体されます。乳白色の牡牛はシヴァ神の乗り物として大切に扱われ、牝牛はクリシュナ神信仰と結び付いて崇拝されているのに比べ、黒い水牛は過酷な畑仕事もさせられ、乳を搾り取られた挙句、食用に捌かれるのが運命。ウシ科にまではっきりと身分階層が存在するとは、現実社会ってシビアですね。
というか、〈悪魔なら食べてもOK〉という発想が凄い。同じヒンドゥー教でも、悪魔へのお供えものも毎日欠かさないバリ・ヒンドゥーとは大違いで、ところ変われば文化風習もガラッと変わる点がおもしろいです。
他にも仰天ネタのオンパレード。丸山ゴンザレスさんが書かれた解説文まで、お腹いっぱいの内容です。ゴンザレスさんと言えば虫のたかったスープなども躊躇なくたいらげる、TV番組『グレイジージャーニー』での勇姿を思い出される方も多いでしょう。〈何の肉でもどんと来い!〉な本作の解説者にこれだけ適任な人材もいませんって。
各地の食文化に敬意を!
さてさて、皆さんは愛くるしい見た目のインパラやらアルパカを食べると聞いて、残酷だと感じますか? 白石さんはエピローグの中で以下のように綴っています。
小さい頃から犬を飼っていたからでしょうか? 東南アジアではゾウと遊び、マウンテンゴリラに会いにルワンダの山を登り、ペンギンやゾウアザラシを見に南極を訪ねたりと、どこへ行っても動物と触れ合うのを楽しみにしてきました。
けれども、ペットだと思っていた動物が市場で干物にされて売られていたり、〈生き物〉だと思っていたかわいい動物が、現地のレストランで〈食べ物〉としてメニューに載っていると、「かわいそう」と思いつつも、いつしか「もしかしたら……すごく、おいしいのかも」と、チャレンジしたくなったのです。
これが正解だと思います。食べたくないものを食べる必要はまったくありませんが、他国の食文化をとやかく言うのはいかがなものか。日本ではイルカやクジラを食す習慣が批判の的になっていますし、お隣の韓国でも犬食がよく叩かれています。だけど、日本では縄文時代からイルカ漁を行い、中国・韓国でもそれに近い時代から犬肉が親しまれていたとか。
自分は食べたくないですよ。特にワンちゃんは身近な存在すぎて、想像するのもしんどいです。とはいえ、絶対に否定はしません。むしろ伝統を守ってほしいとさえ考えているほど。ついでに、〈脱炭素社会をめざして菜食中心にしよう〉的な意見にも、本音を書くとあまり賛同していません。
野菜大好き人間な私自身は、言われなくても野菜はたっぷり摂取しているんですけどね。ただし、それは個人の嗜好であって、お肉好きの人たちが我慢を強いられる世の中になるのは嫌です。食べるぶんだけ飼育or捕獲して、無駄をなくすのが大事なんじゃないかな~と(そんなに簡単な話じゃないですかね?)。
我慢が生じた時点で欲深い私たち人類が持続可能な社会を築けるとはどうしてもイメージできず、加えて建築や絵画や音楽と同じく食も立派なカルチャーだと思っているので、グローバリゼーションの名のもとに全世界で食が画一化されてしまってはつまらないです(※あくまでも個人の意見です)。
……って、話題が変な方向に脱線しました。とにもかくにも、『世界のへんな肉』を読んで、地球上では環境に合わせて多種多様な食文化が形成されていることを再確認。そして、それぞれの食文化に臆せず大接近し、その土地その土地のパワーをガッツリ消化吸収していく白石さんにリスペクトの気持ちが止まりません。
グロテスクな描写がほとんどなく、サラッとライトに楽しく他国の食習慣を覗き見できる本書は、思いの外、幅広い層にオススメできる1冊です。もっとも、熱心な動物愛護系の方はお控えいただいたほうが無難かも?
※記事内の画像はフリー素材を使用しています。本著とは直接関係ありません。
【お知らせ】東南アジアで買い付けてきたアイテムを販売中。春夏は水着やリゾート服を中心に、秋冬はアクセサリーを中心にラインナップしています。ぜひチェックしてみてください。
ランキング参加中。ぽちっとしていただけたら嬉しいです。