FAR-OUT ~日本脱出できるかな?~

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國友公司『ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活』|読書旅vol.27

前々回に取り上げた『ヴェトナムディープウォッチ』が西成区さんの著作であると知り、何となくその流れで『ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活』(彩図社)を読み返してみました。

2018年に刊行され、2020年に文庫化された本書は、とある青年が彩図社の編集者にそそのかされて、大阪西成区の通称あいりん地区で過ごした約2か月半に渡る日々のルポルタージュです。

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水商売のバイトをしたり、東南アジアに潜伏したりと、少し遠回りし、7年かけて筑波大学を卒業するも、就職活動に失敗した著者の國友公司さん。

学生時代に裏モノ系のライター仕事を始め、卒論のテーマが『新宿のホームレスの段ボール村』という時点で変わり者臭はプンプン漂っているものの、それにしたって難関国立大学を出たばかりの若者に、〈西成に住んでみれば?〉と提案してしまう彩図社は流石としか言いようがありません。

 

ビックリ人間の巣窟

横浜の寿町、東京の山谷と並び、日本3大ドヤ街の1つに数えられる西成。私も学生時代に何度か地元出身の友達の案内で訪れました。

ちなみに、煌びやかな関内の目と鼻の先にある寿町を〈中区〉とは呼ばないのに、なぜ西成は町名とか〈あいりん地区〉とかにせず、大きな区分なのでしょうか。阿倍野区浪速区に隣接する超好立地西成区の中でも、ドヤ街はほんの一部。せめて山谷のように旧地名にしたほうが……なんて思ったりもします。

で、あいりん地区の第一印象はとにかくシニアが多いこと。缶チューハイ片手に道端で将棋花札に興じている様は、西成暴動で植え付けられたイメージの真逆を行くほのぼのとした雰囲気。たまに胸倉を掴んで怒鳴り合っている人たちもいつつ、お爺ちゃん同士のせいか、それほど緊迫した状況には見えなかったんですよね。

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もちろん、独り言で徘徊している人の多さと1人あたりの歯の平均本数の低さにはビビリましたし、海賊版のAVに混ざって眠薬抗うつ剤がかなり雑に、そして堂々と売られている場所は、日本全国探してもおそらくあいりん地区だけ(※現在の泥棒市はだいぶ健全になっているそうです)。何なら異国にお邪魔させていただいている気持ちで、このへんを歩いていた記憶があります。

とにもかくにも、軽々しく掘っちゃいけない/深入りしちゃいけない空気は、私もヒシヒシと感じていました。だから、こういう作品を通じて、なかなか知り得ないあいりん地区の暮らしを疑似体験できるのは大変ありがたいです。

飯場に住み込んで解体の仕事に就いたり、ドヤのスタッフとして働いたり、稼いだお金で飛田新地に行ったり、ハッテン場として有名な新世界国際劇場に恐る恐る潜入したり……誰にでも経験できるものじゃありません。

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また、本書に登場する人物や、彼らの口から語られるエピソードがいちいち強烈で(著者の言葉をお借りすると「ビックリ人間の巣窟」)、この界隈にまつわる都市伝説の答え合わせ的な楽しみ方も可能。もっとも、どれが真実でどれがハッタリか曖昧なのはご愛敬です。

「いろいろな男たちに会ったが、あくまでも体感として、その内の六割が覚せい剤を経験し、四割が元ヤクザといった感じである」と綴る國友さん。〈手洗いハゲ〉〈シアターマン〉〈妖怪人間ベム〉〈おい、小池!〉などなど、あだ名を列挙しただけで曲者揃いなのはご想像いただけるでしょう。

身分証がなくても余裕で働け、生活保護費をピンハネする貧困ビジネスが横行し、ひと昔前までは違法の賭場シャブホテル(フロントで買える宿泊施設)も確かに存在。飯場のバッグにはヤクザがいて、解体現場では人が亡くなり、ポン中が糞尿で汚した部屋をドヤのスタッフが高圧洗浄で清掃するのも日常茶飯事って……本当に日本じゃないみたいです。

 

あいりん地区を題材に扱う難しさ

朝の四時半に起床し、五時に一階の入口に集合する。食堂では岩のような手をした大柄な男や、歯が抜け腰の曲がった老人が生卵を白飯にぶっかけ、初めて持ったみたいな箸の持ち方でかき込んでいる。

何気ない描写ひとつを取り出してもストレートで、変にデフォルメされていないぶん生々しく、國友さんが受けた素直な驚きがそのまま伝わってくる『ルポ西成』。

あいりん地区を題材に扱うのは、文章にせよ、映像作品にせよ、物凄く難しいんじゃないかと思います。高みの見物に終始しているコンテンツは論外としても、社会システムの歪を問いただしたり、哀れみを煽ったりするやり方は微妙にズレている気がしますし、そもそも鬱陶しい。このドヤ街を通じて何を思うかは、読み手に委ねてほしいところです。

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その点、國友さんはどうか。多かれ少なかれ野次馬根性っぽい部分もあったでしょう。高学歴な方ですから、時折ちょっと見下すような視点も入ります。いや、高学歴じゃなくても、給料を前借りしてシャブを買う人や、まだまだ十分働けるくせに生活保護を受給してシノギに加担する人を前にしたら、真っ当に生きてきたほとんどの日本人が〈何だこいつ?〉となるはず。

そういう〈この人たちと自分は違うんだ〉といった思いを包み隠さず文字していく正直さと、一方で何かの拍子に國友さん自身もあいりん地区に染まってしまいかねない危うさのバランスが絶妙。加えて、相手だけじゃなく常に自分をも冷静に客観視しているため、変な押しつけがましさがなく、熱っぽい政策批判も皆無です。

あいりん地区で知り合った人々に肩入れはせず、同エリアが抱える問題を良し悪しの二次元論では片付けません。自分の目で直接見たもの、当事者から直接聞いた話、それを見聞きした時に自分が感じたことを淡々と紹介していく筆致が、私にはとても心地良かったです。

 

変わりゆく街の様相

処女作『ルポ西成』が見事に重版を続けてメディアへの露出も増え、売れっ子作家の仲間入りを果たしたいまなお、國友さんは知り合いの生存確認も兼ねて西成近辺の定点観測を続けているらしいです。

再開発を進めてきたあいりん地区には、ここ数年で観光客向けのゲストハウスが増え、街のシンボル=あいりんセンターも老朽化に伴い閉鎖(※2025年に移転予定)。来年4月、駅前に星野リゾートが開業する頃には、街の表情も一変するに違いありません。ついでに、現在はシャブよりもマリファナの流通のほうが盛んだとか。

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私としては、新しい建物をバンバン建てて何でもかんでも綺麗に整えるのではなく、その土地ならではの趣を残してほしいとの思いがあります(これは西成の都市開発に限らず)。しかし、大勢の人間が出入りする以上、時代に合わせて街の機能が変わるのは自然の流れ。過去20~30年掛けて、労働者の街から4人に1人が生活受給者という福祉の街へと移ろったあいりん地区は、今後も変化を続け、やがて2010年末に著者が見た光景はなくなってしまうのでしょう。

そう考えると『ルポ西成』は貴重な記録であり、ここで止めるのはあまりにももったいない。新刊『ルポ路上生活』(12月27日発売)の取材で、今年の夏には東京五輪の開会式当日から62日間、都内でホームレス生活をされていた國友さんですが、引き続き定点観測を行っているのであれば、ぜひあいりん地区の変わりゆく過程を『ルポ西成』の続編にしたためていただきたいです。

※記事内の画像はフリー素材を使用しています。本著と直接関係はありません

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