なぜ男性はわざわざ自転車で旅をしたがるの?――ジェンダーフリーが叫ばれるご時世に、こんな書き出しはいかがなものかとも思いつつ、ずっと疑問に感じていたんですよね。
長期の休みに突入するや、やれ日本縦断だ、やれ北海道1周だと愛チャリと共に姿をくらましていた大学時代の友人然り。コロナ禍中に暇を見つけては自転車に跨ってソロキャンプへ出掛けていくツレ然り。
TV番組『Youは何しに日本へ?』に登場する外国人チャリダーも、ほとんど男性な気が……。たま~にご夫婦/ご家族連れの自転車旅行者が出てくると、「たぶん旦那が吹っ掛けたんだろうな」なんて、これまた時代錯誤な性差観で推測してしまう自分がいます。
自転車旅の本を出されている作家さんにせよのぐちやすおさんや鎌田悠介さん他、パッと思いつくのは男の人ばかり。今回取り上げる『行かずに死ねるか!―世界9万5000km自転車ひとり旅』を書いた石田ゆうすけさんだって例外ではありません。自転車旅の何がそんなに男たちを惹きつけるのでしょうか。
人生2度目の海外が世界1周のひとり旅?
2003年に実業之日本社から出版され、2007年に幻冬舎から文庫化された『行かずに死ねるか!―世界9万5000km自転車ひとり旅』。韓国や台湾でも翻訳された本作は、『いちばん危険なトイレといちばんの星空―世界9万5000km自転車ひとり旅〈2〉』(2005年)、『洗面器でヤギごはん―世界9万5000km 自転車ひとり旅III』(2006年)と続編もお目見えすることとなる人気シリーズの第1弾にあたります。
大学卒業後、入社4年目に大手食品メーカーを辞め、学生時代からの夢だった世界1周の自転車旅へ出た著者の石田さん。当初3年半で戻るつもりが、この旅に要した歳月は7年5か月です。いままで私が読んできた世界1周に関するエッセイの中でも、旅行期間はおそらくNo.1の長さなんじゃないかな。
ということで、予定より大幅に長引いた自転車ひとり旅の始まりは、アメリカ最北のアラスカ州アンカレジ。ここから一旦カナダに入り、途中セドナやティカル、マチュピチュもばっちり押さえて、アルゼンチンのフエゴ島までひたすら南下するのが、石田さんのアメリカ大陸縦断プランです。
文字にするのは簡単でも、それこそ途中にはアンデス山脈がドーンとそびえ立っているわけで、私なんぞは想像するだけで途方に暮れてしまいます。
そんな過酷な旅だからして、さぞかし万全な状態で臨んだのかと思いきや……出発直前に持病のナッツクラッカー症候群が再発し、まさかの血尿騒ぎ(通常は1~2週間入院して薬を投与するらしいです)。
しかもこの時が人生2度目の海外旅行(!)。手持ちの大金をどこに保管するか、アラスカへ向かう機内のトイレで手が震えてしまう有り様です。アラスカに着いたら着いたで、いざ自転車で走り出そうとするも荷物の重さによろけるわ、道を尋ねるために現地で初めて声を掛けたギャルにお金を無心されて心が折れそうになるわ。
結局、著者は丸3日間アラスカの宿に引きこもる事態に。〈こんな調子で世界1周できるの?〉と、読んだ誰もが初端から心配になるはずです。
ゆっくりと着実に進む旅
もっとも、尻尾を巻いてそのまま退散したのでは本になりません。4日目の午後に意を決して外の世界へ飛び出してみると、眼前に広がるのはどこまでも緑が続くアラスカの大自然です。
その後、ユーコン川ではカヌーに乗ってオーロラ鑑賞し、モニュメントバレーでは景色の素晴らしさに圧倒されて1泊から4連泊に旅程変更、ペルーの砂漠では追い剥ぎに遭って銃口を向けられ……と、良くも悪くもスペシャルな経験を積み、どんどんレベルアップ。その様子はまるでRPGさながらです。
「近くの草むらは素早く流れ、遠くの森はゆっくり動いていた」――自転車の速度に合わせてゆったりと流れる風景は確かに魅力的で、あれほど自転車旅に猜疑心を抱いていた私ですら、少しずつ〈あれ? 何か良いかも!〉と考えはじめました。
そうこうしているうちに、自転車旅はヨーロッパを経由してアフリカ、アジアへ。それぞれの大陸にも鮮烈なエピソードがしっかり用意され、海外旅行好きなら物凄く楽しめる1冊かと思います。そのうえ、1つ1つの章が短く、ゆっくり自分のペースで読み進められるので、ちょっとした気分展開や寝る前の読書にも最適。
なお、廃版の単行本を中古で探すのではなく、文庫本でチェックするのが俄然オススメです。大幅な修正に加え、文庫本の解説を椎名誠さんが担当しているのも旅本ファンにはたまりません。
生きるとは?
旅情を誘う情景描写はもとより、本書の肝は何と言っても行く先々での出会いと、その出会いを経て著者に表れる感情の機微。また、偶然知り合ったチャリ仲間たちとも思わぬ場所で再会していくのですが(ルートや日程がバラバラなのに!)、随所で出てくる準レギュラー陣に妙な愛着を感じてしまいます。
とりわけアリゾナで出会い、クスコで再合流し、一緒にアメリカ大陸最南端を臨んだセイジさんの存在は欠かせません。ロンドン滞在中に突然知った彼の訃報。それ以前は〈自分の身に何か起きてもその時はその時!〉とばかりに危険を顧みず前進を続けた石田さんの心が、次第に〈絶対に生きて帰ろう!〉と変化していきます。
そして旅の終盤。新疆ウイグル自治区の砂漠に立って7年以上に渡る旅をひとり回想し、周りに支えられて自分がここにいるのだと実感。生きていることに感謝しながら、与えられた時間を精一杯生きようと決意する場面に目頭が熱くなりました。
平和ボケした私は、これまで自分の死を意識する機会がほぼありませんでした。そうした中、コロナ第1波の時は得体の知れないウィルスに恐怖を覚え、めちゃくちゃ薄っすらではあるものの、いつになく〈死〉を身近に感じていた気がします。その感覚が不思議で、生ある者として凄く大切なことを学んだな~と。
しかしあれから1年半。withコロナな暮らしが当たり前になり、またしても〈死〉が遠い存在であるかのように錯覚しています。実際は〈生〉と隣り合わせで、すぐそこにあるものなのに。だからこのタイミングで本書を読み返して良かったです。
白状すると、私は『行かずに死ねるか!』より第3弾の『洗面器でヤギごはん』のほうが好きでした。が、石田さんの作品を当ブログでピックアップするに際して〈何事にも順序があるよな〉と、まずは初作から読み直したんです。これが現在の自分にずっぱまり。
ちなみに、このシリーズの凄いところは3作品どれも切り口を変えている点。人にフォーカスした『行かずに死ねるか!』、さまざまな角度から著者にとっての世界一をジャッジしていく『いちばん危険なトイレといちばんの星空』、各地の風土や食文化を掘り下げた『洗面器でヤギごはん』と、どの本もキャラ立ちしていて読み手をまったく飽きさせません。
その中でいま私が読むべきは、間違いなく『行かずに死ねるか!』だったと思っています。沁みました。いつか他の2作についてもブログで紹介したいと考えていますし、いま読むべきだったかどうかは後付けでしかないんですけどね。
自転車で世界を巡る理由
それはさておき、旅に出た理由について「自分の中での世界一を見つけたいから」と語っている石田さん。「記憶に刻み付けられ、一生の思い出に残る〈宝〉を、世界中を巡って探したい」のだと。続けて道中で知り合った仲間にこう話します。
汗かいて、自分の足で探したほうが〈宝〉に出会えた時の喜びも大きいやろ。それにキツい思いをすればそのぶんだけ手ごたえがあるやん。これをやりきったら、たぶん、俺は自分の人生にかなり満足できると思うねん。
きっとこれが自転車旅の真髄なのでしょう。移動がさほど好きじゃなく、いかに楽して目的地へ辿り着くかを重視していた私には、とても斬新な旅の楽しみ方。〈わざわざ自転車で行かなくても……〉などというツッコミは無粋でした。
わりと現実主義だと思っている自分からしたら、これぞTHE男のロマンといった感じ。ついでに、規模はどうあれこういう旅をポンッとできてしまう人を羨ましくも思います。
とはいえ、改めて〈自転車旅をしたいか?〉と自問しても、すんなり首を縦には振れません。そりゃ、やっぱりキツそうだし……。目下のところは、頭に描いた世界地図上に石田さんが走行したタイヤの轍をなぞっていく楽しみ方で十分満足です。
※記事内の画像はフリー素材を使用しています。本著と直接関係はありません。
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